※BL 高校時代の後輩×先輩(社会人Ver)

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おれの、豊臣春弥の恋人は可愛い。

と冒頭からノロけてみるが、ここに至るまでに一悶着二悶着あった。

いつも眠たそうに伏せられた茶色くて切れ長の目、スッと通った鼻筋に、厚すぎず薄すぎない程よい唇は荒れることさえ知らず。そして、その唇から発せられる声は耳触りの良いテノールボイスで。身長184センチと高身長でスラリと伸びる手足のバランスの良さ。

何を取っても非のつけようが無い、まさに芸術美を擬人化したような男が、おれの恋人だ。形のいい後頭部を黙って見つめるおれの目にはハートが浮かんでいることだろう。

「光希」
「なぁに、春弥」
「明日、おれ休みなんだけどさ…」
「うん、いいよ」

ソファーに座りテレビを見る恋人を後ろから抱き締めて、ボソボソと明日の予定を伝えると、振り向きざまにおれの額に唇を落とす恋人─羽柴光希は、おれの高校時代の後輩だ。

そう、2個下後輩である。新入生として入学してきた光希との出会いのきっかけは、おれが散らかしたプリントを拾ってもらっただけだ。『すっげ綺麗な顔だな』と一瞬見惚れたのは墓まで持っていく。

1年坊主の人気者、羽柴光希。綺麗なルックスに明晰な頭脳、話し上手で周りは常にクラスメイトが居たけど、光希の昼休みと放課後は、おれが卒業するまでおれのものだった。

それから、2つも年上で先輩だったおれを、1年坊主は気付かない部分でおれを甘やかした。昼休みや放課後を使って甘やかされてたことに気付いたのは、卒業してから顔を合わせなくなってからだけど。

当時から既に、自分がバイだと分かっていて、それなりに遊んでいたのに光希から与えられるソレには気付かなかったんだからとんでもないツメの甘さというか。

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高校を卒業してから、おれは都会に出た。地方の高卒生を雇ってくれた企業に、感謝感激しながら入社すればマジでホワイト企業で首を傾げた。

地元に残り就職した奴は、もれなく社畜と化したのにおれといったら。部署問わず同期や先輩、上司の優しさといったら。おれに優しくしたって何にもならねぇぞ。

それから、そうだな。光希との再会の話に移ろう。

高校を卒業して連絡だけ取り合っていた光希と再会したのは、気まぐれに、それでも常連として名を連ねた『Elf-エルフ-』というバーだった。慣れない社会人生活と可愛い光希不足で、おれは常に欲求不満状態だった。あらかじめ言うが。おれは性欲が強い。

金曜日の夜はテキトーにブラブラして、その辺の良さそうな男を引っ掛けて帰るそんな生活を送っていた。女の子も好きだけど、おれはどっちかっというと男に抱かれる方がヨカった。上京してからは、かなり爛れている生活を送った。

光希とはカメラ電話したりLINEしたりする傍ら、おれは大して知りもしない男と情を交わす。何度でも、何夜でも。流石、都会だ。安易に男探しが出来る。SNSを利用しているとはいえ、良質で後腐れのない男が良かった。だから、そういう面ではちょっと難航した。

一度だけで良いという男の少なさに嘆いた。二度目はシないというのに、どいつもこいつもしつこいんだよなあ。なんせ、二度目を求めてくる男が多いのがネックだった。

そんな矢先に見つけたのがエルフだ。あまり人目につかない裏路地から入り込んだバーは、一瞬で楽園の様な場所になった。

男を引っ掛ける前に、向こうから寄って来るのが不思議で首を傾げて居たら、妙齢で男前なマスターが此処はハッテン場だと教えてくれた。なるほど。『だから見た目麗しい男が多いのか』、なんて思ったことをそのまま口にすれば、グラスを拭き終わったマスターはにんまり笑ってグランド・スラムをおれの前に出したのだった。

ハッテン場だということはマスターの公認だけど、ハッテン場として利用するならまず人となりをマスターに認めてもらわないといけない。認めてもらえないうちは、相手を見つけても口説けないという暗黙の了解があった。これを教えてくれたのは常連さんのひとり。

グランド・スラムは二人の秘密ってカクテル言葉があって、それがそういうこと。マスターが認めたって意味だとか。おれ、マスターに認めてもらえんの最短だったらしいよ。

エルフに通ううちに気付いたことがある。古参の常連さんたちは、おそらくマスターのお気に入りってこと。どの人を見ても綺麗だったり男前だったり。うぅん、マスターマジで面食い。あと注文無しでマスターから特別なカクテルが出てる日は『マスターとのそういう日』ってこと。おれは受け取らなかったけど。

ハマったら怖い沼にはハマりたくない。

バーの心地良さとエルフに居るのは後腐れのない男ばっかりだから、気まぐれに通っていてそれでも常連に名を連ねるようになって早3年ぐらいが経った。すっかりマスターのお気に入りになって、周りからの認識も相違ないものになりつつあった。

仕事も楽しいし、それなりに上手くいくようになって。光希との連絡も途絶えることなく、ぶっちゃけかなり充実した日々を送っていた。

けど。

光希と再会するなんて思わないじゃん!!そんで、小洒落たバーとはいえ、再会したのが知る人ぞ知るハッテン場。真面目な光希が来るなんて思うわけないじゃん。アイツ、ノンケだぞ。間違いなくノンケだ。

のちに聞いたが、先輩に誘われて美味いカクテルを飲みたかっただけだったらしい。が、お前をバーに連れてきた鵜野とかいう野郎はお前を狙っていたぞ。間違いない。あいつはおれと同類の匂いがした。

そんなことなど露ほども知らないおれは、もう大パニックを起こした。今夜は武藤さん(良質なアレの持ち主で持久力も体力もあるし、なんならトーク力もある)と『今夜はどっか洒落込むか〜』なんて笑いながらバーを出ようとした時に、見覚えのある顔がバーに入って来て頭が真っ白になったのだ。当然だろ。

快楽以上の衝撃を齎した再会だったわけだな。思い出しても酷いものだ。

武藤さんに腰を抱かれた状態で、光希と正面からかち合い、焦って出て来た言葉が『みょっ、ひょっ』だった。しっかり覚えている。『光希、久しぶり』って言いたかったんだよ、おれはな。テンパリすぎて脳みそと口が大事故起こしたわ。武藤さんが吹き出したし、マスターも小さく笑っていたのを俺は見えたから覚えてる。

でもまぁ、高校時代の先輩がダンディな男とぎゅっと身を寄せあって、いきなり久しぶりって言われても困るよなぁ。あん時の光希の顔、トラウマもんだから思い出すだけで胃が苦しくなる。ガチでドン引きしてた。吐きそう。考えるのはやめとこ。

ンで、久しぶりに再会した可愛い後輩にドン引きされたおれ、もうヤる気ないよね。武藤さんも、おれの後輩自慢話を耳にタコができるぐらい聞いていたから、かち合った男がその可愛い後輩だということを悟ってくれた。

『お、コイツァ昔の男だな』みたいな顔をして、分かり切ったような顔をして呼び止めたおれをタクシーに乗せてくれて。

帰ったよ。帰ったさ!!帰ってからの絶望感分かる!?わかんないよねぇ!!孕んでいた欲もぶっ飛んで行ったわ!

思わずアパートの玄関前で項垂れれていたおれを、不審者を見るような目で見ていくバンギャの隣人。そのあと、歌詞にされた。壁薄いからな?歌詞作ってんの丸聞こえだかんな?しっかり失恋ソングだった。失恋か。

閑話休題。

バーでうっかり再会を果たしてしまい、電話もLINEも途切れて途方に暮れていたおれは、更に最悪なことに昔のタチの悪い元カレにも再会するわけだ。(タチだし性質だし立ちさえ悪い元カレだった)

もう泣いたよね。泣くしかない。

可愛い後輩にドン引きされた上に、連絡までブッチされたこの悲しみ誰が理解できようか。おはようからおはようまで、繋がれてきた連絡が途絶えたんだぞ。つらたん。ぴえん。

しくしくと泣き暮れる日々で、一時期のあだ名がウサギ君だったわけだが、まぁこれはどうでも良いか。175センチぐらいある男にウサギ君って、ネーミングセンスねぇわ。

そんで、その元カレな。まさか、誰もアパートから500mしか離れていないコンビニで二度も三度も再会するとか誰も思わねぇよなぁ。おれも思わん。最悪がすぎた。

切羽詰まってしまったあの時は、誰にも相談することもできないまま、引っ越さなければという意識しかなかった。通知ひとつないスマホを見ては泣き暮れ、元カレに怯える日々。悲しみと恐怖とで男を漁る余裕なんかない。エルフにすら行かなくなった。

絶望が絶望を連れてきたのか、この最悪な元カレが起こす『寄りを戻そうぜ復縁暴力事件』だ。まあ、事件名でお察しだよな。命名は武藤さん。絶妙にネーミングセンスねぇな。

コンビニで待ち伏せされて、人気のない公園に連れ込まれてさ。こっわい顔した元カレに顔を殴られるし、レイプされるかもしれない恐怖で動けなくて、もうダメかって思った。

そしたらよ?まさか光希が煙草吸いながら『俺の先輩に、何かご入用で?』って現れるなんて、どこの少女漫画だ。どういうタイミングてか、お前どこから見てやがったんだ。出てくるタイミング図ったんじゃなかろうか?今になって思う。

おれの肌蹴た上着やらズボンやらを、スッと細めた目で見るや否や、その長い足を元カレの顔面に振り上げたのは、マジでイケメンだったよ。あまりのカッコ良さにドン引きされたトラウマが一瞬昇華しかけたけど、元カレがあることないこと喚くもんで…。トラウマがトラウマを呼び戻すこと。

カッコ良くて(可愛いかった)後輩は、そんな元カレを一瞥して徐にスマホを取りだしたかと思うと耳に当てた。電話のボリュームを上げていたのだろうか、『警察です』と聴こえる声に元カレが飛び上がり、聞き取れなかったが捨て台詞を吐きながら逃げていった。

それから、煙草を吸いきり空に紫煙を吹き出した光希がおれを見下ろして溜め息。おれの顎を人差し指で持ち上げて『顔、腫れそうっすね。病院で診断書貰って、警察に被害届と…』と冷静に呟くもんだから、おれはもう涙腺が崩壊した。

そうだよ、お前はそんな奴だよ。常に冷静な奴だ。でも顎クイはいい思い出になった。顎クイだけな。

その後。光希の上着を着せられて、光希のマンションに連れて帰られて、ヨシヨシされながら寝落ちたわけだ。幸いにも光希によるカウンセリングのおかげで元カレについてはトラウマにもなることなかった。おれを知り尽くした光希のカウンセリングは最強だと思うよ。

事の顛末としては、元カレはバーのイケおじたちに探し出され、お縄についたのだった。武藤さんが警察官だなんて知らなかったナァ…。あの体力はそこで培われてたわけだな。

それから、話を戻して。
可愛い後輩である光希と、かなり濃い再会を果たした。

そんな濃い再会のおかげか否か、おれと光希が結ばれるまでそう時間が掛かることは無かった。今思い出しても胸キュンするセリフは『俺のこと、ただの可愛い後輩だって思っているみたいですけど、俺は先輩のこと本気で好きなんですからね』だな。

どうやら、おれの卒業と共に本格的に外堀埋めて行くつもりで、おはようからおはようまで連絡を続けていたらしい。会わなかった理由は、会ったら食っちまいそう(意味深)になるからで。

おれと光希が初めて知り合ってから、すぐに始まった長期に渡る外堀を埋めて行く外構計画。散らかしたプリントを集める時に一目惚れしたそうな。

タイミング同じかよ。ずっと両片思いをしていたわけだ。冷静沈着な光希がおれをオトす為だけに、可愛い後輩面をしてきたと思うと、なんか胸がぎゅっとなるよね。

でも、それを聞いた時さ、ちょっとだけ頭抱えたよね。マジかーって。おれ、高校時代も男探ししてたからな?(光希だけならず周りに一切バレていないおれスゴくね?てか高校でそんな男遊びすんなよな、おれも)

そのうえ、都会に出て来た理由だってちょっと楽して男探しする為のようなものだから。

でも、バーで武藤さんに腰を抱かれてるのを目の当たりにして、光希は一瞬で全部把握したそうだ。おれがゲイだということも。長期に渡る外堀埋めて行く外構工事計画が、実は無意味だったということも。

お前、頭の回転早いもんな。ちょっと早すぎるかもしれねぇけどさ。あと、外堀埋めて行く外構計画は無駄じゃねーかんな。卒業後もしっかり光希という存在をおれの中に根付かせたのだから。

もろもろを把握したものの理解が追いつかなかったから、一先ず落ち着くためにおれとの連絡を置いたらしい。外構計画が無駄だと気付いたから、計画を練り直す必要があったそうだ。

それを言われた時は、もう光希が何考えているのか分からなくなった瞬間だった。

連絡が途絶えて、どれだけおれがショックを受けたことか。おれから連絡すれば何か違っていたのかもしれないが、おれは臆病なのだ。エルフで知られたという事実に頭が真っ白になるほど。というか、普通に考えて『おれ、ゲイだから』って暴露するのも違うだろ?一目惚れした後輩を前に、たった1年ぐらい、かっこいい頼りになる先輩でありたかったんだよ。

光希からの連絡は、おれの日常の一部分だった。光希の存在は深い所まで根付いていたというのに。だが、おれはそれを伝えることも出来ず、更に弁解する余地すら与えられなかったのであった。

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事後の気怠さと共に、そんな過去を思い出していたおれ。光希とエルフで再会できて良かった、のかもしれない。当時は最悪でしかなかったけど。

「さて、春弥」
「なーにぃ」
「明日さ、俺も休みなんだけどデートでもしない?」
「え?どったの、急に!」
「行かないってこと?」
「行く行く!!どこ行くか教えてくれんの?」
「それはー、んー、明日の楽しみによ。きっと春弥も気に入ってくれる」

取り替えたシーツの上で寝転ぶおれと光希。

おれは、意味深に笑う光希のしっかりとした胸板の上に乗っかって、きれいな笑みをかたどる唇におれは唇を重ねた。

後ろ髪を撫でられながら、おれは力強くそれでもゆっくりとした光希の心音に、ゆるりと眠りに誘われていく。

おやすみ、と聞こえてきた光希の柔らかな声と肌に掛かるタオルケットの感覚におれの意識は暗闇に落ちて行った。

次の日から、おれの左手の薬指にはプラチナの揃いの指輪が煌めくことになる。


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羽柴光希 冷静沈着(という腹黒)×豊臣春弥(下半身ユルめな純情派)

あとがきというほどでもないお話

春弥くんは175センチ程度で性別年齢問わず可愛がられるタイプ。天性の人たらし、というほとではない。営業部署で事務の仕事をしています。
光希からの連絡が途絶えた辺りで、周りからは大きなウサギという印象を持たれました。
恋人が出来たことは誰にも言っていませんが、今の会社のほとんどの人にバレています。幸せそうな春弥くんを拝むとハッピーなことが起こるかもしれないらしいです。

光希くんは顔が良いのに冷静すぎ周りから遠目に見られるタイプ。春弥くんからのメッセ見ると口元が小さく緩むので、それを見れたらラッキー扱い。
外回りを中心とした営業マンです。特に新規営業を任されがち。
休みの日にはジムに通っています。よく喋る同僚のおかげで、社内でそれなりにコミュニケーション取れている感じです。

(鵜野さんはネコで、光希くんを狙ってました。)

バーElf-エルフ-は女人禁制ではないので、
老若男女問わず健全で、それでいて淫靡な雰囲気をまとっています。

シリーズ化してもいいなあなんて思いながら
これで光希くんと春弥くんはおしまいです。

パートナーシップ制度の導入が広がり、
いつか同性婚が認められる国になりますように。

購読くださりありがとうございました!

三日月千絢



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