アニメや漫画の無料公開から見る「心理的マーケティング戦略」

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昨年からコロナウィルスの影響で全国の教育機関が休講に追い込まれました。
せっかくの休講を有意義に過ごしてもらいたいのですが「どこにも行くな」、「誰とも会うな」、「何も触るな」ではこどもたちのモチベーションも上がらないでしょう。
そんな中、昨年からアニメ制作の会社やマンガサービスのアプリで自社の商品であるアニメや漫画を無料公開する風潮が生まれました。

この無料公開については「自分たちのサービスを垂れ流しているだけ」の印象を受けるかもしれませんが、この無料公開では心理学的には「宣伝」としての役割を担っています。
宣伝は売り上げを出すための戦略ですので、無料でサービスを提供することとは逆のことをやっているように思われるかもしれません。
しかし、この無料公開は現代社会における有効な戦略になるのです。

今回はこの「マンガ無料公開」から売り上げを出す戦略について心理学的に考察していこうと思います。
今回は下記の5つのポイントに分けて詳しく解説していきます。
のんびり読んでいただければ幸いです。

【無料公開のポイント】
①無料から売り上げを出す「フリーミアム戦略」
②思い出発生装置としての「アンカー」
③無料であることの功罪
④デフォルトの重要性
⑤価格設定は「比較」させることで決まる

①無料から売り上げを出す「フリーミアム戦略」
IT化が進み、情報機器が発達した昨今、このサービス提供方法をまず知るのが大前提になります。
この「フリーミアム戦略」とはクリス・アンダーソンが2009年にIT社会の新しいビジネス戦略として提唱理論です。ここでフリーミアム戦略について整理します。

【フリーミアム戦略とは】
@「フリー」と「プレミアム」を合わせた新しい造語。
@入り口を無料にしてサービスを利用させ、より精度の高い有料版のサービスに移行させる戦略。
@Webサービスや情報サービスにおいて有効な戦略。


ご自身も身に覚えがあると思います。
スマホのアプリを無料でダウンロードして、お金を使わずに利用していたら、もっと使い勝手の良い機能を紹介されて思わず購入してしまった経験は誰しもあるでしょう。
アプリだけでなく、塾の無料体験や、初月無料の映像サービスなんかもこの類です。

現在は何でもかんでも無料にしてサービスがあふれているように思えますが、結局はマネタイズ(お金を払うタイミング)を後ろにずらしているだけなんですね。

②思い出発生装置としての「アンカー」
無料であることが現代のサービス利用の入り口になることはお判りいただけましたね。
次は、人の購買についてお話します。
人は生活に必要なもの(食品や寝具、学費など)以外のもの(今回はマンガですね)もお金を出して買います。

それは時に無駄なもののように思えるのですが、人は買うのです。
ではなぜ、人は生活に必要のないものを買うのでしょうか。
人は生きていくためには「生きがい」が必要です。

楽しかったことやうれしかったこと、おいしかったことを心にとどめて生きていきます。つまり思い出です。
この思い出は全て覚えておくことができないので、人は思い出を心の引き出しにしまっておきます。
それでもどこの引き出しにしまったのかを忘れてしまうので、いつでもその思い出を取り出せる「スイッチ」を使います。

このスイッチを押して人はその時の楽しい思い出を取り出しています。
みなさんもきっとこの「スイッチ」を買ったことがあります。
映画を見終わった後のパンフレット、観光地の名前がプリントしてあるちょうちんやTシャツ、修学旅行で買った木刀等々。

近くのコンビニで売っていても決して買わないようなものを思い出として買ったことがあると思います。
この「スイッチ」のことを心理学用語で「アンカー」と言います。
このアンカーが人の思い出発生装置として機能しているのです。

今回のマンガ無料公開のケースを見てみましょう。
未曾有のコロナウィルスまんえんによって休講を余儀なくされ、時間を持て余したこどもたちはアプリでマンガを見ることになります。
マンガはとても楽しく、続きが気になるものばかりです。

無料公開の期間が過ぎても、こどもたちの心の中にはマンガを読んで楽しかったことや、感動して泣いたことが思い出として残ります。
そうするとこどもたちの中には「あのマンガをたまよみたい!」と思うこどもが出できます。
そうなると、無料公開以降の雑誌を買ったり、単行本を購入するといった行動をとるこどもたちがたくさん出てきます。

こどもたちはこの苦しい時期を乗り越えた「戦友」としてマンガを「アンカー」に位置づけるのです。

③無料であることの功罪
さて、無料を利用する戦略はわかっていただけたと思います。
しかし、無料であることがすべて正しいとは限りません。
無料であることは時に人の価値観をゆがめてしまう危険性もあります。

それを証明する心理実験があるのでご紹介します。
無料の効果は絶大であることをマサチューセッツ工科大学の研究チームは2007年にチョコレートの販売実験によって明らかにしています。

【実験内容】
@2種類のチョコ(普通のチョコ、高級チョコ)を販売する。
@2種類のチョコをA「普通のチョコ1円、高級チョコ15円」、B「普通のチョコ無料、高級チョコ14円」の2通りの価格設定で販売した。
@販売方法の違いで2種類のチョコの売り上げは変化するのか。

【実験結果】
@売り上げの割合はAの時「普通のチョコ27%、高級チョコ73%」であったが、Bの時では「普通のチョコ69%、高級チョコ31%」になった。
@値下げの金額は同じ1円にもかかわらず、普通のチョコを無料にしただけで、無料のチョコの選択率が劇的に増大した。
@無料は魅力的であるが、選択を誤ると本当の価値を見失う可能性もあることを認識しなければならない。

この実験では一方を無料にすることでひとの行動が変わってしまうことを意味しています。
サービスを無料にする場合は、とても強烈なインパクトがありますが、しっかりマネタイズのタイミングを設定しておかないと購入まで至らない危険性もあるので注意が必要です。

④デフォルトの重要性
では、ここからは無料公開によって興味を持ってもらい、実際に購入に向けて準備する段階に入ると仮定して考察をすすめます。
マンガやアニメだけではなくコンビニやファミレスに行くと商品がたくさん並んでいます。
私たちはその並んでいる商品から自分の欲しい商品を選んで購入している、と思いがちです。

「思いがち?」と思われたかもしれませんが、私たちの商品購入行動はもともと設定されたものであることを証明した実験がありますのでご紹介します。
2009年カーネギメロン大学の研究者によって、人の商品購入は最初の強い印象によって左右されることを実験によって明らかにしました。

【実験内容】
@サンドイッチチェーン店で、メニューの表示方法に関する実験を行った。
@メニューの最初のページに載っている商品を3つのパターン(A 低カロリーの商品、B 高カロリーの商品、C どちらの商品も均等)に分ける。メニューに載っている商品の順序は異なっているが、商品は全て一緒。
@最初のページの記載されている商品が違うことで購入される商品に違いは出るのか?

【実験結果】
@結果として、最初に低カロリーの商品があれば低カロリーの商品を、高カロリーの商品があれば高カロリーの商品を購入することが分かった。
@人はデフォルト(初期設定)を選ぶ傾向にある。
@デフォルトの設定は人の行動を変化させる大きな力となり得る。

人は思いのほかめんどくさがりです。
本当に買わせたい商品は「おすすめ商品」として、目立つところに設定してあげることで人は安心して商品を購入することができます。
無料公開の際には今人気のマンガが目立つように設定されています。

⑤価格設定は「比較」させることで決まる
ここからは少し脱線しますが、商品の「価格設定」についてお話します。
人が商品購入をする段階で、次に気になるのは価格です。
ちなみにみなさんは商品の価格は安い方が良いですか?

この質問には99%の人が「YES」と答えると思います。
しかし、心理学の世界では価格は「安ければ安いほどよいというわけではない」ことが実験によって明らかになっています。
1968年のスタンフォード大学の研究で、食べ物や飲みものは価格によっておいしさが変化する可能性が示唆されています。

【実験内容】
@対象者はビールの愛飲者60名。
@8週間3種類のビールを飲んでもらい、おいしさに点数をつけてもらう。ただし、ビール自体は全て一緒でラベルの価格設定が違う。
@同じビールでも価格によって点数に差は出るのか?

【実験結果】
@結果として同じビールであっても価格が高く表示してあるラベルのものが点数が高かった。
@人間の味覚は価格によって左右される可能性もある.

この実験からもわかるように、人の味覚や価値判断というものはとてもあいまいで、状況や、その時の心理によって大きく変わるものです。
無料公開の期間が終了し、雑誌や単行本の価格はそのままでも全体の売り上げが伸びる可能性は大いにあります。
価格設定の秘密はもうひとつあります。それは「比較」です。

比較を利用して高い商品を購入させることができた面白い研究がありますのでご紹介します。
2008年にデューク大学の研究チームが、異なる条件設定を行うことで、商品の購入行動にも影響を与えることを実験によって明らかにしています。

【実験方法】
@被検者に「エコノミスト」の定期購読のアンケートを取る。
@売り方を2つのグループA「1. ウェブ版のみ(59ドル)、2. 印刷版とウェブ版のセット(125ドル)」、B「1. ウェブ版のみ(59ドル)、2. 印刷版のみ(125ドル)3. 印刷版とウェブ版のセット(125ドル)」に分ける。
@2つの売り方で消費者の購入講堂は変化するのか?

【実験結果】
@結果として、A「1. ウェブ版のみ(68人)、2. 印刷版とウェブ版のセット(32人)」、B「1. ウェブ版のみ(16人)、2. 印刷版のみ(0人)3. 印刷版とウェブ版のセット(84人)」となった。
@似たものを入れることにより被検者の消費行動が変化した。
@フレーミングはマーケティングでも有効であることがわかった。

この実験の原理は簡単で購入者の数が「性能が低い5,000円>性能が高い16,000円」であったものが「性能が低い5,000円<(性能が中で15,000円)<性能が高い15,000円」になったということです(ちなみに性能が中で15,000円を選んだ人は0人)。
よく心理学の世界で「マジックナンバー3」と言われますが、これは「松竹梅(段階的に性能と価格が上がる商品)」であったときに「竹」が選ばれやすいという理論です。
しかし、今回はちょっと違います。明らかに見劣りするいけにえ(性能が中で15,000円)を用意して一番高い商品(高性能で15,000円)を購入させることに成功しました。

大事なことは買わせたい商品の「少し劣化版」を用意することです。
この劣化版を用意することで、もう一方が魅力的に見え、価格が高い商品の購入へつなげることができるのです。「松、竹、梅」というよりは「松、竹(-)、竹(+)」のイメージです。
今回のテーマからもわかるように無料のサービス提供から購買意欲を駆り立て、売り上げを伸ばすことは心理学的にも理にかなっています。
本当にここまで計算をしてサービス提供を行っているかは、わかりませんが、さすが大手の会社は違うな―なんて感心しながらこのブログを書いています。

【参考文献】
フリーミアム戦略については
クリス・アンダーソン「FREE <無料>からお金を生みだす新戦略」

無料のチョコレート実験については
Kristina, S. Nina, M. and Dan, A.(2007)How Small Is Zero Prise? The True Value of Free Products, Marketing Science, 26-6, 742–757 .

デフォルトの重要性については
Downs, J. S., George L. & Jessica, W.(2009)Strategies for Promoting Healthier Food Choice, American Economic Review, 99(2), 159-164.

商品の価格設定については
McConnell, J. D.(1968)Effect of pricing on product quality. Journal of Applied Psychology, 52, 331-334.

「比較」についての研究は
ダン・アリエリー(2008)予想通りに不合理、熊谷敦子訳、早川書房。
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