夏景色(ななせの本棚)⑧

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●こんにちは!ショートショート/短編小説専門作家の瀬名那奈世です。
このブログでは短編小説を投稿します。生活のちょっとした楽しみに、ご依頼の際の参考に、ぜひお役立てください。(※無断転載等は禁止です!※カクヨム等で投稿した作品も含みます)

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No.8 夏景色

 ちりんちりん、という涼しげな音で私は目を覚ましました。

 ――ここはどこだろう。

 寝起きの頭はあまり上手く働かなくて、私は首を傾げます。ゆっくりと起き上がって辺りを見回すと、なんだか見覚えのある和室の風景が広がっていました。扇風機が首を振りながら回っていて、遠くの方からセミの声が聞こえてきます。

 そうだ、私、おばあちゃんの家に来てたんだった。

 枕にしていた右手の甲には畳の跡ができていました。祖母がかけてくれたであろうタオルケットを丁寧にたたんで立ち上がった私は、静かな家の中を歩き回ります。そこかしこの窓が開いていて風通しがいいせいか、空気はひんやりと涼しく、汗をかくようなことはありませんでした。

「あら、ゆりちゃん、起きたのねえ。ちょっとおばあちゃんを手伝ってちょうだい」

 祖母は中庭にいました。どうやら、小さな菜園の手入れをしていたようです。

「わかった。ちょっと待ってて、おばあちゃん」

 祖母にそう返事をして、私は小走りで自分の荷物が置いてある部屋に向かいました。茶色いスクールバッグから靴下と帽子を取り出し、顔と首元に日焼け止めを塗って、UVカットのパーカーを羽織ります。
 擦り切れ始めたスニーカーを履いて中庭に出ると、祖母はミニトマトを収穫していました。

「ああ、やっと来たねえ。この籠を持っててちょうだいねえ」

 祖母はにこにこと笑って、ミニトマトを入れていた籠を私に手渡しました。

「ゆりちゃん、えらいしっかり着込んで、暑くないのかい?」
「日焼けしたくないんだ」
「そうかいそうかい。若いものねえ。お肌は大事にしないとだものね」

 私はミニトマトを収穫する祖母の手をじっと見つめていました。しわだらけで所々に斑点の浮かんだ小さな手を見ていると、なぜだかとても懐かしい気持ちになりました。

「さ、今日はこれくらいでいいかねえ。ありがとね、ゆりちゃん。ゆりちゃんの好きなソーダアイスがあるから、中に入って食べようねえ」

 籠一杯のミニトマトを抱えて、私は家の中に戻りました。汗拭きシートを取りに行こうとして、汗をかいていないことに気づきます。

 籠を持って立っていただけだもんね。

 前方を歩く祖母がせっせと汗を拭いているのを見て、今度はおばあちゃんに籠を持っていてもらおう、と思いました。

     *

 縁側でぼーっと空を眺めていると、祖母がソーダアイスを持ってきてくれました。

「ゆりちゃんはこれが大好きなのよね」

 ありがとう、と笑って、袋が霜だらけになったアイスを受け取ります。
本当は、このアイスが好きだったのは子どもの頃の話で、今はクリーム系のアイスが好きなのだけれど……。
 祖母は買い物に行くたび、私のためだけにこのアイスを買ってきてくれるのです。そのことを知っているので、私はもう何年も、自分の好みを訂正できずにいるのでした。

 ちりんちりん、と、風鈴の音が聞こえます。

 迫ってくるような入道雲。セミの鳴き声。植物の青臭い香り――ソーダアイスを一口かじると、突然、絵に描いたような夏の風景が脳みそに飛び込んできました。

「ゆりちゃん。そっちでも頑張んなさいよ。おばあちゃん、ずっとずっと見ているからねえ……」

 声のする方を振り返っても、視界がにじんで、目の前にいるはずの祖母の姿がよく見えません。どこかに吸い込まれるような感覚の後、私の意識はぷつんと途切れました。

     *

 ちりんちりん、という涼しげな音で、私は目を覚ましました。そこは一人暮らしのアパートでした。視界の先で、クーラーから出る風を受けた風鈴が揺れています。

 ああ、私、寝ちゃってたんだ。

 目元ににじんだ涙を拭いながら、私は立ち上がりました。効きすぎたクーラーをきって、身支度を整えます。無性にアイスが食べたくなったので、コンビニに買いに行くことにしたのです。

 ――おばあちゃん。私もずっと覚えているよ。

 半年前に亡くなった祖母のことを考えながら、私は心の中で呟きました。サンダルをつっかけて玄関扉を開けると、ソーダアイスがよく似合う、夏の空が広がっていました。

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