言えないさよならを飲み込んで【完結】

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さよならの準備。

夕日のあたる放課後


 転校が決まってから、今日で2週間。
 最後まで転校が決まったことを皆に言えなかった。

 部活も顧問の先生に口止めして、部活のみんなに何もいわずに辞めた。

 突然辞めたくせに、放課後はここからサッカー部の練習を眺めてる私をみて、いい顔をしなかった。

 当たり前だよね、突然退部してここでサボってるんだもん。

 だけど、どう思われようと転校までの残された時間をここに使いたかった。

 今まで自分も部活をしてたから、結城くんの練習姿を見ること出来なかった。

 練習してる結城くんも、こんなにかっこよかったんだね。
 汗も笑顔も、真剣にサッカーやる姿も、キラキラ…輝いてた。

 こうやって練習する結城くんを眺めるようになって、結城くんも教室から眺める私に気づいてくれた。

 あっという間の2週間だった。

 もう、2週間過ぎちゃった。

 ついに明日、わたしは転校する。

 何か言わなきゃって思った。

 お別れの言葉を伝えなかったから後悔する。

 何度もそう思ったのに、どうしても、どうしても言葉が出てこなくて、今日、最後の時間を過ごす。

 結城くんだけじゃなくて、みんな大好きだった。

 何度もいってきてお別れの挨拶を、今回はどうしても言えなかった。

 本当に楽しい時間だった。

 結城くんともっと話したかった。



突然の出来事。


「……え?」
 突然だった、お父さんの口から転校の話を聞いたのは。

 いつも通り家族揃って食べる夕食の時間で、悲しい顔を隠しきれないお父さんが話し出した。

「実は、2週間前に移動の話が出てて、今日正式に決まったんだ」

 お父さんはアパレル業界で働いていて、売れ行きが伸びない店舗を立て直す管理を担当している。

 ここ最近転校の話がなかったから、このままここに住めると思ってた。

 お父さんの仕事の都合で転勤は多かった。

 お父さんのことは大好きだし、仕事についても幼いながら理解してた。

 職場の人たちをお家に呼んで、頑張った会を開いたりしてお祝いしてた。

「香歩、いつも唐突でほんと、ごめんな」

「……うんん、大丈夫だよ。まだ中学2年だし、受験に差し支えないから」

 わたしの言葉に、お父さんもお母さんも、喜んだ顔を見せてくれなかった。

「ものわかりのいい子にしてしまって、本当にごめん、香歩、わがままだって、何度も我慢してきたよね」

 お父さんの優しい声に、思わず混みあがった涙が我慢できなかった。

「もう香歩も中学生だから、これから進路のことや、友達のこと、好きな人だって出来たと思う。お母さんとこここに残る選択もあるんだよ」

「……っ」

 一瞬よぎったのは、結城くんの笑った顔だった。

 せっかく出来た友達と離れるのは寂しい。

 でも、それ以上に結城くんと離れるのが辛い、辛い、離れたくない。

「じぶんの気持ちに正直になっていいんだよ。親に気を使って、香歩が我慢する必要ないよ」

 涙が次から次からこぼれて全然止まらない。

「うんん。一緒に行く」

 泣いていても、わたしははっきりした声で答えた。

 一緒に行く。

 まだ、家族と離れたくない、お父さんと一緒にいたいよ。

 残る選択が出来たから、今度は残ることを選ぶかもしれない。

 だけど今回は、残る気持ちが家族に勝てなかった。

 わたしが転校するまで、あと2週間だった。




 今年の体育祭ははちまき交換しようと思った。

 文化祭の行事は、一緒にやれたらいいな。

 クリスマスには、少し勇気を出して放課後会えないかな。 

 バレンタインには本命チョコを渡せたら…。

 後悔しないように去年しっかりしとけばよかったな。

 ガラッー

 急に教室の扉が開いた。

 振り向くと、練習着を着た結城くんが立っていた。

「ーー…っ結城くん!練習は…!?」

「果歩は…っ、なんで部活行かないの?」

 唐突にいわれた一言に、わたしはすぐに言葉を返せなかった。

 戸惑ったわたしに結城くんが歩み寄る。

「クラスのやつに聞いた、突然退部したって。理由も教えてくれない、やめた理由も分からないって。やめたのって、ここで過ごすようになった2週間前だよな?」

 結城くんの足が私の前でぴたりと止まった。

 わたしは、制服のスカートを握ったまま顔を上げることができなかった。

「あんなに頑張ってたのにやめてもいいのか?なにかあった?」

「…うんん、ちょっと、疲れちゃって…」

 ごまかすように顔にかかる髪を耳にかける。

 結城くんの視線が痛い、目を合わせるのが怖い、軽蔑されたくない……、だけど、言えない。

 転校する、明日からもういない、部活もそのためにやめたって言葉にしたら、別れを実感させられる。

 いつのまにか、スカートを握るじぶんの手が震えていたことに気づいた。


 結城くんが、震えるわたしの手を握ってくれたからだ。

「俺も疲れることたまにあるよ。…そういうときもあるよな、でも、退部は早まったと思うけど」

「結城くん…」

 わたしの後ろの席に座って、結城くんも窓からグランドを眺めた。

「ここから俺らってこういう風に見えてたんだね」

 結城くんの目線の先にはグランドで練習するサッカー部の姿が見える。

 おなじクラスの山本くんが「亮はどこいった!?」と騒いでる声が聞こえる。

「結城くん抜け出してきたの?」

「泰助の声ここまで聞こえるな」

「……心配してきてくれたの?」

「………」

 わたしの質問に結城くんは応えてくれなかった。

 外を眺める結城くんの顔にオレンジの夕日がかかる。

 とても、きれいだった。

 放課後の教室、練習着の結城くん、少し汗で濡れた頬、髪にかかる優しい夕 
日、絵になるくらいきれいで、忘れないように静かに見つめた。

 このまま時が止まればいいのに。

 このままずっと、結城くんと2人の時間が続けばいいのに。

 わたしは結城くんを眺めるだけしかできなかった。

 気のきいた会話も、告白も、なにもできなかった。

 ただただ一緒にいただけど、とても幸せな時間だった。

「……そろそろ泰助が気づきそうだから戻るわ」

「あ、うん!部活頑張ってね」

「おう。……果歩も、部活、諦めんなよ」

「……うん」

「果歩、また明日な」

 いつもと変わらないわたしの大好きな笑顔で、結城くんは教室を後にした。

 ポタ…ポタ…ポタポタポタ…

 スカートに大きなシミができていく。

 今日まで泣くことなかったのに、ついに涙は頬を流れだした。

 大粒の涙になってポタポタ落ちて行く。



 好き、好き、好き…結城くんが好きだよ。



 ずっとずっと近くにいたかった。

 ”また明日”わたしもそう答えたかった。

 当たり前のように毎日が来て、結城くんがわたしの名前を呼んで、わたしも部活を続けていて、たまにすれ違う時にお互いを応援する、そんな日常は二度とないんだ。

 もう、会えない。

 これから成長する結城くんを見れない。

 走馬灯のようにこれまで過ごした時間を思い出した。

 最後に、最後にいちばん伝えたかったのは、さよならじゃない…”好き”の言葉だった。

 伝えたかったのに、最後まで言えなかった。

 ―――鞄を持って教室を飛び出す。

 結城くんに気持ちを伝えるためじゃない、ここで泣いていることが結城くんに知られないために―――……

 次の日、果歩の転校を知った俺は、最後に見たあいつの笑顔を思い出す。


 ―――…後悔ばかり、浮かんで消えた。

『果歩、また明日な』

『―――……っ』

笑った果歩は、泣くのを堪えた笑顔だった。


END 2016.5.18 華


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