今日の絵:ある夜

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月の明るい晩でした。
彼は、テントの入り口から差し込む明かりで、目を覚ましました。
そこには、ブランコのりだった彼女が立っています。

「お別れを言いにきたんだ」
彼女は言いました。

彼女はブランコの事故以来、一度も公演に出ていませんでした。
壊れたブランコは、とうに新しいものに取り替えられています。
でも、彼女だけは、ステージに戻りませんでした。代わりに、外でビラを配ったり、公演の交渉をしたりしていたのです。
「見てこのコート。目立つでしょ。でもこれしかないんだ。自分の服って持ってないからさ」
彼女は笑いました。

彼女は彼にそっと近づいて、慣れた手つきで、彼の長い首を撫でました。
小さな声で喋りかけます。彼にだけ打ち明けるように、ゆっくりと。
「この街の公演が終わったら、この国を出るんだって。だから出ていく。あたしはここで生まれたからさ。記憶はないけど、ここがそうだって言ってるんだ」
彼女の言葉は、この地方の節をつけた喋り方になっていました。
たくさん、この国の人と話をしたのでしょう。
それは彼にとっても、なつかしい言葉でした。
「ユメがあったんだ。昔、雑用だった頃から。なりたかったのは、団長みたいな旅芸人だった。ひとりで色んな街を旅したかった」

そのユメという言葉。
彼が遠い記憶の中で、はじめて教わった言葉です。
もういなくなってしまった少年が、よく言っていた言葉です。

そう、あの少年もまた、こんな喋り方をする子だった気がします。
こんなことをいう子だった気がします。
「ブランコのりになってから忘れてた。でも、あの日思い出した」
彼女は立ち上がりました。服についた寝藁をはらい、真っ直ぐに彼を見て。
「キミが飛べたのを見たせいだ」
そのとき彼は知りました。いなくなったあの少年は、いなくなったわけではなかったのだと。

彼は立ち上がり、翼を大きく広げました。
少女は、何もかもわかったみたいに、頷きました。

とても明るい晩でした。
旅立つ二人を、月がスポットライトのように照らしていました。
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