サーカスが街に来たときと街から去るときには、パレードを組んで道を進みます。
目抜き通りにはたくさんの人が詰めかけて、最後の別れをするのです。
その時には、彼の檻も幕があげられます。
彼はこのパレードが好きでした。
彼は目が良くありませんから、街並みや人の顔は見えないのですが、
人々の歓声や、生活音や、空気の匂いを感じることができました。
この街は国のはずれ、隣国との境目にありました。
昨日の千秋楽は、この国での最後の公演でもありました。
次は国境を超えて、隣国に入っていくのだそうです。
彼は街の空気を感じながら、不思議な思いが湧き出るのに気がつきました。
ここ最近のパレードではいつも、同じような思いにかられます。
それは、国境に近づくほど大きくなっていくようでした。
なにか、そう、この街の空気や音を、どこかで知っているような、覚えているような、そんな感覚でした。
それを「なつかしい」と言うことを、彼は知りません。
パレードは街を抜けていきました。