昼下がりには夢で恋をする

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あの店に確かオムライスが売ってあったな。
白い発泡スチロールのお皿にのって、
ラップがしてあった。
きっと卵はペラペラのぱさぱさで、
チキンライスのチキンはほぼ入っていないだろう。
でも凄くオムライスの気分だ。


「あのね、オムライス買いに行くんだけど、
一緒に行く?」
声を掛けた二人の息子は何だか小さくて猫みたいだ。
ほぼ猫のような大きさで、
ふたり丸くなって寝てる。
あぁ、そうかこれは夢だから。


きっと「行かない」っていうんだろうな。
現実の世界みたいに。


懐かしい実家の二階。
夢の中でも雑然としている。
本棚に入りきれないのに、また本が増えてる。
畳もずいぶん色が褪せて。
でも落ち着く。


オムライス食べたいのに、もう日が傾いてきた。
夢の中の時の流れは早すぎる。
あぁもう、掃除もしないまま夜になる。
しかし、この子たちは良く寝るな。
本当に猫みたい、柔らかそう。


ガヤガヤと人の気配がし階段下を覗くと、
沢山の人と荷物が集まっている。
その人達は劇団員のような自由さと質素さを漂わせ、
何やら活気を生み出している。
ひとりの男の人が段ボールを抱え、
階段を上って来た。


彼は部屋の入口に立つ私の
一段下で立ち止まった。
それでも私より少し上に顔がある。


「帰ってたんだね。すっかり大人になって。
こんなに小さかったのに」
向かい合って立つ私を真っ直ぐに見て、
落ち着いた声で言う。
まだ若いくせに、年寄みたいなセリフだった。
きっと夢の中の私よりも3歳ほど上。
段ボールを持っているはずなのに、
「こんなに」のところで、両手で20センチほどの幅を作る。
何と小さい。夢の中なんだ、やっぱり。


高身長を想像させる骨格。
痩せているがガッチリとしている。
眼鏡をかけており、その奥に小さな瞳。
しっかりした鼻筋。
唇はやや厚めで、口幅は広い。
地味なつくりなのに、印象深い。
そして力強さを備えている。


この人、私のことが好きだ。
相手の視線は逸らされることなく、
強く私を捉えていたのでそう思った。
大きな手、指が長くて骨ばっていて。
この手は私に触れるのだろうか。
嫌じゃない。そうだったら、嬉しい。


散らかった部屋が恥ずかしく、
入って欲しくなくて段ボールを預かる。
なのに、男は自然に部屋の中へと入って来る。
いつのまにかそこに登場していた、
キャスター付きの椅子に座って足を組んだ。
畳の部屋に似合わない椅子だった。


都合よく子供たちはすっかり猫になっていて、
私は独身であることを喜んだ。


堂々とした雰囲気に圧されぬように、
私も背を伸ばし落ち着いて語りかける。
まだ心に触れぬような内容がいい。
こちらからはゆっくり進めよう。
「どこに住んでいたの?今まで」
穏やかな声はいくつかの土地の名前を告げた。
包まれて心地よい音色だった。


会話の間、やっぱり視線は私に固定されている。
瞳は強く、でも柔らかくて、まっすぐに優しい。
力強いから男っぽさもふんだんに含み、
私は冷静さを装いながらも、
自分は騙せず胸は高鳴っていた。
本能が呟く。
この人の体温に触れたい。


そこで目が覚めた。
あぁ、もう少しのいいところで。
すっかり現実に呼び戻された私は、
歳を重ねてきた自分を思い知らされる。
トマトで例えるならば、
もうやがてぽとりと枝から落ちる頃合いだ。
夢の中のまだ硬さを残す自分が可愛く思え、
そして少しばかり空しくなった。


この人生ではあんな恋はもう訪れないのだろう。
けれど、素敵な夢を見ることが出来て幸せ。
ほんのひと時、若い恋を味わえた。


夢を思い出し、しばし黄昏た後、
お腹が空いていることに気付いたが、
素敵な記録としてここに残している。
そしてこの後、余韻に浸りながら、
オムライスを作る。
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