カラーセラピー 歴史 起源

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✅#カラーセラピーの歴史と起源


カラーセラピーとは、色の力を利用して心身のバランスを整えたり、自己理解や癒しを得たりするセラピーのことです。色にはそれぞれに特徴や意味があり、人間の感情や思考に影響を与えます。カラーセラピーは、色の持つ効果を活用して、自分に必要な色を選んだり、色の光や色彩媒体(色水や色粉など)を使ったりして、心身の調和を目指す方法です。
カラーセラピーは現代に生まれたものではありません。古代から人類は色に興味を持ち、色を使って治療や呪術を行ってきました。カラーセラピーの歴史や起源を知ることで、色の力に対する理解が深まります。ここでは、カラーセラピーの歴史と起源について時代ごとに紹介します。

✅#古代文明時代

カラーセラピーの起源は数千年前の古代文明までさかのぼります。古代エジプトでは、太陽神を崇拝し、太陽光が持つエネルギーを利用して健康を保とうとしました。神殿には赤や青などの色ガラスがはめ込まれており、太陽光が差し込むと色の光が部屋に満ちました。この色光療法はヘリオセラピー(太陽療法)と呼ばれ、心身の不調に効果があると信じられていました。また、宝石やクリスタルなどの色彩媒体も使われており、美や運気を高めるとされていました。
古代ギリシャでは、数学者で医者でもあったピタゴラスが色彩心理学の基礎を築きました。彼は物体から発せられる粒子が目に入ることで色が見えると考え、色によって人間の感情や思考が変化すると主張しました。また、医学の祖と言われるヒポクラテスは、肌や目や舌などの色の変化を観察して病気を診断する方法を開発しました。これは色彩診断(Color Diagnosis)と呼ばれ、現代でも使われています。
古代ローマでは、ギリシャ医学を引き継ぎながらも、より科学的な治療法を発展させました。セルサスは様々な花から作った膏薬(プラスター)を使って傷口を治したり、眠りを誘ったりしました。ガレンは人間を血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の4つの体液によって分類し、そのバランスが崩れると病気になると考えました。この四体液説は色とも関係しており、赤は血液、青は粘液、黄は黄胆汁、黒は黒胆汁に対応していました。

✅#中世ヨーロッパ時代

中世ヨーロッパでは、キリスト教が広まり、色彩療法は異端とされるようになりました。しかし、教会のステンドグラスには色の力が生かされていました。赤や紫や緑や黄などの色ガラスが太陽光によって色の光を放ち、病人を癒すと信じられていました。また、音楽や祈りと組み合わせることで、色の効果が高まると考えられていました。
一方、東洋では、色彩療法は古代から続いていました。古代インドのアーユルヴェーダでは、万物は空・風・火・水・土の5つの元素からなると考えられ、人間の体質もそれによって分けられていました。色水や色粉を使って治療を行うこともありました。また、ヨーガでは、脊柱に沿ってあるエネルギーセンターをチャクラと呼び、それぞれに虹の7つの色が対応していました。古代中国では、万物は木・火・土・金・水の5つの元素からなるという五行思想により、臓器や感情や季節や方角や色も全て5つに分けられていました。

✅#ルネサンス期以降

ルネサンス期以降は、科学や医学が発展し、色彩療法は再び姿を消しました。しかし、色彩を科学的に研究する人たちが登場しました。アイザック・ニュートンはプリズムを使って太陽光に虹の色が含まれていることを発見し、「光学」を出版しました。ヨハン・W・ゲーテはニュートンの理論に反対し、「色彩論」を出版しました。その他にもジョージ・フィールドやエバルト・ヘーリングやアルバート・H・マンセルなどが色彩理論を提唱しました。
19世紀後半になると、再び神秘療法が見直されました。アメリカの医師エドウィン・バビットは、「光と色の原理」という本を出版し、赤や青や黄などの色の光を使って治療する装置を開発しました。これは現代のカラーセラピーの原点と言えます。また、オーストリアの哲学者で神秘主義者のルドルフ・シュタイナーは、ゲーテ研究を行い、教育や芸術に色彩を取り入れました。シュタイナー学校では、子供たちの教室の色が成長に合わせて変わります。
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