人が人であるということ-1

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ぼうとする頭で、まだ開ききらない彼女の目に映るのは、住み慣れた部屋の様子。
隣のカーテンは中途半場にやや斜めがかって半分だけ開いており、そこから朝の光が漏れている。
その光で照らされた先には無造作に置かれた雑誌が散らかり、傍らには口を閉じることを忘れてしまったかのように半開きになった物言わぬバッグが置かれている。
それはいつか彼女が出かけた時に使っていたもので、その時に置かれ、そのままで放置されている。
彼女の名前は如月燈子。
だけど彼女はその名前が嫌いだった。
自分の名を見るだけで身震いがし、なんとも言えない感覚が彼女を襲う。
できることならその名を誰にも呼んでほしくないし、自分の記憶からも消し去ってしまいたいとさえ思っている。
自らの存在そのものと一緒に。
両親が言うにはその名はとある寺の住職に命名していただいたとか。
生まれた時に名付けていただいたことを両親は自慢げに語る。
ただ、彼女はその話を聞く度嫌気がさした。
両親が付けてくれた名前ならもう少しましだったのではないか、もし名前を付けてくれるような両親なら、
そこまで考えて、彼女は考えることをやめる。
考えても無駄なこと、過ぎ去った過去、与えられた現実はいくら考えても変わらない。
ベッドの上で、頭を巡らせ、考えに浸り、頭の中を整理する。
ただ、目覚めたばかりということもあり、その日見た夢が混じるのかうまくまとめることができず、もやもやとした気持ちになる。
仕方なく、まだけだるい体を持ち上げ、だらだらとベッドから立ち上がる。
その部屋は、本当にシンプルで必要以上のものは置かれていない。
ただ、それらが無造作に置かれているため、お世辞にも整っているとは言えなかった。
彼女はベッドの脇にある、四角く丁寧に畳まれた制服に目をやる。
それは彼女の母がアイロンをかけ、畳んでくれたものだった。
それを手に取ると、気だるそうに着替えをはじめ、それなりに身なりを整える。
机には昨日用意した通学用鞄。それはよく使いこまれていて、表面はひび割れ、角もくたんと丸みを帯び、大きな牡丹餅を思わせる。
彼女はその鞄の手に、無感情に指をかけるとその部屋を後にする。
スリッパの音を頼りに、階段を降りると、卵焼きの匂いや、ベーコンの焼け焦げた匂いが鼻を通る。
彼女はいつもの席に座り、箸を手に持つとそれらを口の中に放り込んでいく。
彼女にとっては、”放り込む”が文字通り正しく、味を楽しむことなく、それらを喉に通していく。
食事が終わると、一言も口をきくことなく、玄関に向かい靴を履く。
目の前には頑丈そうな家の扉。
それは今いる私空間と世間との境界線。
彼女の体温はやや上がり、ごくりと唾を飲み込む。
緊張をさらに高め、自らの周りに幕を張り、扉に手をかける。
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