HIROSHIMA NAGASAKI 75年

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学び
おはようございます。モンサンミッシェルです。
私は長崎出身のため、原爆については、特に小学校、中学校で平和集会という日があって、原爆について考える日がありました。(イラストは過去絵で広島原爆についての依頼でした。ややこしくてすまんです)

今でも幼稚園の子でも学ぶ時間があるそうですが、かなりヘビーな内容な為、伝える方も迷うそうです。

長崎にいたころは、11:02になるとサイレンというか、音が待ちに響き渡ります。

なんといいますか、長崎は隠れキリシタンのこともありますし、もちろん他の地域都市部でも、ひどいお話はあると思うのですが、むごい残酷な言い伝えは、ちょっとしたことですぐ思い出します。(今再度調べたらさらにむごい話が出てきてあわわ(^_^;))


千人塚はそれだけの首がうめられてるとおもってたけど、違って、焼山は今知っただけでもえええ!?って思う内容でした。

話は戻りますが、田舎には、山頭草原という山というより、、小高い丘?
に幼稚園~中学までなんかしらイベントと言えばそこに先生や仲間と登っていきました。その途中にも防空壕があって。

当時のことを子どもながらに想像したり、学校でははだしのゲンは必須で。青い空は~を歌い。戦時中なんでも食べるしかなかった。(うじですら)耳をおさえて空からくる銃撃を走って逃げたなど。教えてもらい。

なんかうまく言えませんが。コロナ以上に大変だった時代が、段々忘れられようとしてて。ここ10年ほどは自然災害も絶えずで。

今自分にできること。考えて。募金できることはやって。伝えたいことを伝えていく。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


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