過去の作品 短編小説②

記事
小説
こちらで過去に書いた短編小説(1,600字程)をお読みいただけます。
さくさく読める童話です。
ぜひご参考ください♪
********
『どこかにある国の話』

ずっと前におばあちゃんがしてくれた、遠い遠い国のお話をします。
ちょっと想像してみてください。あたりを見回すと、そこらじゅうに重たそうな布袋のようなものがぶら下がっているんです。小学校をぐるっと囲む柵に引っかかっていたり、 オフィスビルの中庭につり下がってたり 、レストランの軒先の、はしっこの方でぶら下がっていたり。本当にいたるところに、です。
あちこちに引っかかるそれは、ハンモックでした。
その国では、国民は18歳になると、お酒を飲む権利と同時に、1人に1枚、ハンモックが与えられます。
国じゅうどこでも、好きなところに、はしっことはしっこを見つけて良いのです。道をふさがない。人のものを壊さない。それが守れれば、どこでもハンモックをぶら下げて良いことになっていました。法律でそう決められていたのです。
パンが大好きなある青年は、パン屋の裏庭を少々拝借、そこに自分のハンモックを吊り下げます。(店の表側に寝そべっていたら、道行く人々からショーケースに並ぶつやつやのパンを隠してしまいます。)
そうして出来た寝床でさあ、お昼寝です。すぐそこの厨房からやってくる、濃厚なバターの香ばしいにおいをかぎながらするうたた寝の、なんと気持ちの良いことでしょう。それは、大学生の彼が、分厚い本に囲まれて研究にいそしむ合間の、お楽しみなのです。
どこでも好きな場所を拝借できるのは、素敵なことです。
そして〈拝借される〉方にも、ときどき良いことがあります。
とても素敵な庭のあるその家には、ある夫婦が住んでいました。 色とりどりの花が、その庭にはあふれていました。旦那さんがあちこちで花の種を見つけてきて、奥さんがそれをきれいな鉢に植えつけ、二人交代で水やりをして大切に育てた花たちです。
あるすがすがしい日の夕方、ひとりの絵描きがそこの庭を拝借して、美しい草花のスケッチをしていました。
するとにわかに、空気が重たくなったような心地がしました。
「おっと、大変だ」
絵描きはハンモックから飛び降りてすぐさま玄関の扉をたたきます。
「奥さん、奥さん、雨が降りそうだよ。洗濯物が、濡れちまうよ」
ポツ、ポツ、ポツ、とまもなく降り出しの雨がそこまでやってきました。
すぐさま奥さんは飛び出してきて、お気に入りのブラウスやら、旦那さんの靴下やらをひったくって運んでいきます。全部取り込んでしまう頃には、すっかりザーザー降りになっていました。
休息は力なり。
この国の人であれば誰でも知っていることわざです。
少し働いて、こまめに休む。これがとても大切なことであると、みんな知っていました。これを守るために、ハンモックはおおいに役に立ちます。
もちろん、いつも皆がうまくできるとは限りません。
つい仕事に夢中になって、愛しい恋人の胸でそうするかのように、パソコンに身を埋めてしまう時だってあります。人間ですから、ついうっかり、というのは誰にでもあります。
でもそんな時、周りの人々は無理に休ませようとはしません。ただ、そっと見守るのです。そのうち、だんだんその人は自分で休むことの大切さに気づいていき、それからはきちんと休息を取るようになるのです。
この国の子どもたちはみんな、早く大人になりたいと思っています。
どこでも好きなところに出かけて、気に入ったところに小さな自分の居場所を作る。
大人になるとは、そういうことなのです。
ワクワクしますね。
いつの間にか、僕も大人になっていました。
この国の話をしてくれたおばあちゃんも、もうこの世にはいません。
大人になった僕が与えられたのは、お酒を飲む権利と選挙で投票をする権利です。
選挙権というやつは、ハンモックと同じくらい重要なものです。
どちらも、良い居場所を生み出すために必要なものですから。
それにも関わらず、与えられた選挙権を活用しようとするたびに、僕はやっぱりハンモックの国の人々をうらやましく思います。小さい頃から、たくさんの喜びに満ちた大人を見て大きくなってきた彼らを、うらやましく思います。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す