フルート協奏曲をやりたい学生さんへのアドバイス

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音声・音楽
2015年の「第1回ダウン」のころ、ネットで、学生オーケストラをやっているフルートの高校生さんがいました。協奏曲の学生ソロを任されたみたいでした。選曲も任されているみたいでした。それでネットの皆さんに選曲の相談をなさっているところでした。皆さん適当に、「イベールは?」とか、「ライネッケは?」とか書いておいでです。私は自分の楽器がフルートです。かつ、そのころは中高の教員であり、オーケストラ部の顧問であり、指揮者もしており、ちょうどフルート協奏曲の選曲をしたところでした(私がフルートを吹くのではなく、学生ソロです。私は指揮です。ちなみに「学生ソロでフルート協奏曲をやろう」というのは私の発案ではなく、当時のコーチの発案でした)。そこで、そのネットの学生さんにしたアドバイスを書こうと思います。こんなブログ記事はほとんど実用性がないかもしれませんが、書いてみますね。

まず、選曲としては、ほとんどモーツァルトの第2番ニ長調しか考えられないことを書きました。私が自分のオケで選曲したのもこのモーツァルトのニ長調でした。皆さんイベールとかライネッケとか、ニールセンとかハチャトゥリアンとか尾高尚忠(おたか・ひさただ)とか、思い付きでいろいろ書いておられますが、まずそれらは非現実的であるということを書かせていただきました。

まずオケの難易度です。アマチュアオケの選曲というものは、ほとんどが「編成」と「難易度」で決まっています。それらのイベールだのなんだのというフルート協奏曲をアマチュアがほとんどやらない理由は、まずオケの「編成」と「難易度」だと考えられるわけです。私自身、そんなに具体的にそれらの「難しい」フルート協奏曲のスコアを詳細に検討したわけではないのですが、まずアマチュアでやらないところから、だいたい想像がつくわけです。編成上・難易度上の問題があるのであろうな、と。

モーツァルトはフルート協奏曲を2曲、書いています。あと1曲は、第1番ト長調と言います。これのスコアは見たことがありますが、明らかに難しい。ト長調なのでホルンはG管を要求されますし(音が高い。高い実音のレまで要求されます)、それから、オーボエは第2楽章がタチェットで、(オーケストラパートの)フルートは第1、3楽章がタチェットです。タチェットとはまるまる楽章にひとつも吹くところがない(全休止)ことを意味します。これは明らかに、モーツァルトの時代は、オーボエの人が第2楽章でフルートに持ち替えていたのでしょう。そういう編成上の問題もあります(休まされすぎ。当然、練習中も長く休まねばならない)。

私は、アマチュアオーケストラがフルート協奏曲を演奏するときで、モーツァルトの第2番以外を演奏する生は、1回しか聴いたことがありません。あるアマチュア学生オケで、モーツァルトの第1番を演奏したのを聴いたのです。ソロは故・中野富雄先生(当時、N響の首席フルート奏者をなさっていた、とてもうまい先生。そのオケは、指導者としてN響の先生が多かったです。つながりで、どのアマオケも、指導者が特定のプロオケの先生でかたまる傾向があったように思います。私のいた東大オケでは、東フィルの先生が多かったかな。もちろん東フィル以外の先生もたくさんおられましたが)でした。その演奏会は、他に何の曲をやったのか忘れましたが、それが目的で聴きに行ったわけです。友達も乗っていましたし。「中野さんのソロを聴きたい」のと「モーツァルトの第1番を生で聴きたい」という理由です。それにしても、先述の通り、ホルンは極めて難しく、まずそのホルンの学生さんは、全部の音の3分の1くらいは外したと思います。なかなかたくさんの音程のあるオケで(笑)、中野さんは、ぶらさがって聴こえないために、どの音程よりも高い音程で吹いておられました。さすが、うまかったです。(いま、なんとなく検索してみて、だいたいこの演奏会だろうというのを見つけました。1998年の演奏会で、他の曲は、ベートーヴェンのエグモント序曲と、シベリウスの交響曲第2番です。まったく覚えていない…この演奏会ではないのか?)とにかく、「アマチュアがモーツァルトの第2番以外のフルート協奏曲をやる」というのを聴いた機会がそれだけなのです。それくらい、モーツァルトの第2番以外の選択肢はほぼあり得ないと考えられるのです。(その学生オケにしても、いま検索したところによると、その1998年の演奏会だったとしますと、その3年前の1995年に、同じ中野富雄さんのソロで、モーツァルトの第2番をやっています。さすがに3年しか経過していないと、同じ曲を2度やる学生さんが出てしまうので、やむを得ず第1番を選曲したのではないかと思われるわけです。それくらい第1番はやらない。)

で、考えてみると、そもそも生でフルート協奏曲を聴く機会というもので、モーツァルトの第2番以外を聴いた機会が、あと1回しかないと思われます。名古屋フィルというプロのオケで、イベールの協奏曲。たしか2009年くらいのことであり、ソロはジャック・ズーン、指揮はティエリー・フィッシャーでした。そのころ私は極めて忙しい仕事をしており、しかも睡眠障害もちなので、行くかどうかかなり迷いました(金曜の演奏会だったと思いますが、土曜もある職場であり、睡眠不足になることが懸念されました)が、「ジャック・ズーンの生を聴きたい」という思いと「イベールの協奏曲の生を聴きたい」という思いで、チケットを買って行きました。いちおうソリストと指揮者のご説明を少ししますと、ズーンはご存知のかたも多いと思いますが、コンセルトヘボウ管弦楽団や、ボストン交響楽団の首席フルート奏者も務めていたすごくうまい人であり、さらに故アバド指揮のルツェルン祝祭管弦楽団およびモーツァルト管弦楽団でも首席奏者をしばしばしていました。ズーンの演奏がてっとりばやく見られるのは、アバド指揮ルツェルン祝祭管弦楽団のYouTubeの動画ですね。マーラーの交響曲第7番は、すごくいい出来の演奏なので、ご覧になったことのないかたには、ご覧になることをおすすめしておきますね。ティエリー・フィッシャーという指揮者は、もともとフルート奏者であり、ヨーロッパ室内管弦楽団のフルート奏者もしていたことがあったそうです。ズーンもヨーロッパ室内管弦楽団の首席奏者だったことがありますので、そのころのつてで、名古屋フィルにソリストとして招けたのかもしれませんね。そのころフィッシャーは名古屋フィルの首席指揮者でした。CDではスイス・ロマンド管弦楽団、ソリストをパユとした、マルタンのバラードがあり、やはりフルーティストの伴奏として高く評価されている指揮者かもしれません。このCDは、ナクソス・ミュージック・ライブラリで、近所の図書館で無料会員になって聴きましたが、すばらしい出来です。いま検索したところによると、名古屋フィルでもパユと共演したことがあったみたいですね。とにかく、それくらい、モーツァルトの第2番以外のフルート協奏曲って、やらないのです!

ちなみに、その日の演奏会は、他の曲も覚えています。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「前奏曲と愛の死」で始まり、ズーンをソロとして、まずプーランクのフルートソナタのオーケストラ伴奏版を聴きました。考えてみると、こんな珍しいものも聴いているのですね!まず生で聴くことはなかなかないだろうという珍しい曲ですね(オリジナルのピアノ伴奏版はひんぱんにやられる曲ですが)。編曲者の名前が思い出せません。そして、イベールの協奏曲ですね。ズーンという人は、「オレはうまいんだぞ!」という雰囲気で吹く人であり、80%くらいの力を出して、残り20%はノリと勢いで吹くみたいなタイプだと思いながら見ました。とにかくうまかったです。ここで休憩であり、先述の通り、睡眠に問題のある私はよほどここで帰ろうかとしたのですが、なんかせっかく買ったチケットでもったいない気がして、後半も聴きました。プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」の抜粋でした。その演奏会は定期演奏会ではなく、「バレンタイン・コンサート」と銘打った、バレンタインデー近くの日のコンサートであり、アンコールにエルガーの「愛のあいさつ」が演奏されました。帰りにチョコをもらった記憶があります(コロナの流行るずっと前ですからね。2009年ですからね。新型インフルエンザ流行よりも前でしょう)。そんな演奏会でした。

それでようやくその学生さんへのアドバイスの話に戻りますが、学生オケで学生ソロでフルート協奏曲をやるなら、モーツァルトの第2番以外はほぼあり得ない、という話をしたのです。加えて、私の先生の話によると、ソロのパートも、第1番と第2番では、第2番のほうがやりやすいらしいです。これを聞いたのは以下のようなときです。実は私はレッスンでモーツァルトの協奏曲は1度も習ったことがありません。私はひたすら与えられる曲を習っていましたので、単なる巡りあわせで、出会わなかっただけだと思われますが。さて、そのうち私は中高の教員となり、東京を離れました。以来、先生のレッスンは受けていません。そして、職場はある私立中高で(そこでオーケストラ部の顧問をしていたわけですが)、あるピアノの得意な先生(音楽の先生ではありません)と、空き時間にフルートとピアノで「初見大会」などをして遊ぶようになりました。私は事務員の経験もあるので実感として分かりますが、教員というものは、「職務専念義務」というものがほとんどないのです。その代わり、かなりの長時間労働ですけど。1日12時間以上働いていることも稀ではありませんでした(「教員の長時間労働」が社会問題化される前の話です)。しかし、実は職務専念義務が希薄であり、空き時間は極端な話、遊んでいてもいいのです。もちろん実際には、授業の準備、小テストの問題作成、および採点、さらに中間テストや期末テストなどの作成、さらには私立中高だったので、毎年、入学試験もオリジナルのものを作らねばなりませんでした。ですからやることに追われていることは多かったですが、とにかく空き時間に遊んでいても良い。その先生とは、お互いに空いている時間で、かつ音楽室も空いている時間に、よく「初見大会」をやりました。そして、その先生はいま考えると、かなりの「名曲主義」でした。あまり名曲とは言えない作品は、ちょっとバカにする傾向があったのです。私が持っている「フルートとピアノのための楽譜」は、ちょっと「業界でだけ通用する、フルート業界だけの名曲」が多い傾向にありました。無理もありません。後述するつもりですが、フルートという楽器は、ヴァイオリンやピアノとは違い、あまり「ソロ楽器」と認識されて来なかったと思われる楽器ですので(フルートに限らず管楽器全般に言える傾向ですが)、いきおい、「クーラウ」だの「ゴーベール」だのという「フルート業界作曲家の曲」が多かったのです。私はそれらの業界曲も好きでした。そもそもその曲を好きにならなければ練習に取り組むことはできません。いま私はココナラで「採譜」のサービスをしていますが、これも、ご依頼いただいた曲を「好き」にならなければ、決して採譜などという仕事はできないと痛感しています。この現象はオーケストラの曲に顕著です。あれだけたくさんの人がいたら、まず選曲で自分の意見が通ることはありません。そこでどうするかと言いますと、「やると決まった曲を好きになる」しかないのです。それがオーケストラという趣味を続けるコツのひとつだと思います。ともかくその彼は、「クーラウ」だの「ゴーベール」だの「テオバルト・ベーム」だのという「フルート業界曲」を「ダサい」と言って嫌がっていたのです。やはりピアノの人というのは名曲に恵まれすぎていて「名曲ぜいたく」になりがちなのです。たとえばベートーヴェンには「ピアノソナタ」がなんと32曲もあります。フルートソナタは1曲ありますけど偽作なので、ゼロに等しいです。ベートーヴェンにはヴァイオリンソナタが10曲あり、チェロソナタは5曲あります。弦楽器でも、ベートーヴェンにヴィオラソナタはなく、コントラバスソナタもありません。管楽器はもっとないわけでして、フルートソナタは先述の通りですが、ベートーヴェンのオーボエソナタ、クラリネットソナタ、ファゴットソナタ、トランペットソナタ、トロンボーンソナタ、テューバソナタなど皆無です。じつはベートーヴェンにはホルンソナタが1曲あります。もうホルン界では宝物です!(じっさいベートーヴェンのホルンソナタはいい曲だと思いますけどね。)とにかくピアノの人は「名曲ぜいたく」であり、彼は先述の「フルート業界曲」をバカにしてくるのでした。(しかもピアノって考えてみると、ヴァイオリンソナタもチェロソナタもホルンソナタも出番があるのですよね。もうどれだけの名曲ぜいたくであることか。)あるとき彼が「モーツァルトの協奏曲とかないの?」と言って来ました。先述の通り、私はモーツァルトのフルート協奏曲は、2曲とも、レッスンでも習ったことはなく、やったことがないのでした。そこで先生に連絡を取ってみると、なんと楽譜を送ってくださいました。しかも、コピーとかではなく、本物の市販されているブライトコプフの、フルートとピアノ用の楽譜を、2曲とも送ってくださったのでした。そのときに「1番より2番のほうがやりやすいかもね」と聞いたのです。それで私は、モーツァルトのフルート協奏曲は、オケの難易度および編成の問題だけではなく、ソリストの難易度的にも、2番より1番のほうがやりづらいことを知ったのでした。

ここまで私は「好み」の話をいっさいしませんでした。選曲というものは何と言ってもまず編成と難易度であり、「好み」の要素はかなり優先順位が後回しにならざるを得ないことは、ここまでこの記事をお読みになられたかたにはお分かりいただけたと思います。プロは少し違うと思います。お客さんに入っていただかなくてはならないことから、じつはやりづらい曲でも、人気のある曲はやることになると思われるからです。プロの卵である音大生のオケも然りです。われわれのオケの指導者も、だいたい音大出なので、選曲の基準が「音大的」であり、ひそかに参ったと思っていたものです(もっとやりやすい曲を選べばよいのに、変にお客さんを気にしすぎる)。それで、「好み」の話をしましょう。モーツァルトのフルート協奏曲の2曲の私の「好み」ですが、「だいたい同じくらい」です。多くの人はこの2曲を「同じような曲」と認識なさっていると思います。だったらなおさら2番をおいて1番を選曲する理由はないということになるわけです。

じつは、この「好み」というもの、あるいは「人気」というものと、「やりやすさ」というものには相関がある気がしています。ベートーヴェンには9曲の交響曲があります。だいたいの人の一致した意見は、この9曲は、どれがどれとも言えないほどの、比較のできない名曲ぞろいだと言うことです。にもかかわらず、この9曲の演奏頻度には、はなはだしい差があります。知名度もだいぶ差があります。誰でも知っている出だしの「運命」、ちょっと例が古いですけど『のだめカンタービレ』で有名になった「7番」、年末に必ずテレビでやっている「第九」など、非常に演奏頻度が高い上に知名度も高いです。これに比べると、例えば「4番」とか「8番」とかは、比較の問題ですけど、演奏頻度や知名度が低いと言えると思います。これは難易度と関係があると思っています。明らかに「運命」はやりやすい。これはフルートでもピッコロでも指揮でもやった私も思いますが、やりやすい曲です。「やさしい」とは言えません。さすがにベートーヴェンですから難しいですが、それにしても、「2番」だの「4番」だのの、とてつもない極端な難しさとは比較にならないです。これも「やりやすい」→「よくやる」→「有名になる」→「人気が出る」→「よくやる」という循環をしているように思え、また、あまりやらない曲というのは「難しい」→「あまりやらない」→「あまり有名にならない」→「あまり人気が出ない」→「あまりやらない」という循環をしているのではないかと思われるわけです。かつて、カール・ベーム指揮ウィーンフィルの来日公演を聴いたと自慢している人がいました。そのときのプログラムはベートーヴェンの交響曲を2つで、前半に4番、後半に7番だったと言います。もうこの2曲であれば、どう考えても前半が4番で、後半に7番となります。間違ってもその逆にはなりません。これはウィーンフィルにとっても4番のほうが難しくて7番のほうがやりやすいことを意味すると思います。(アマチュアにとっての「難しい」と、プロにとっての「難しい」は、ほとんど一致することを知っています。ある有名な指揮者から直接聞いた話ですが、そうだろうと思います。)

とにかく、モーツァルトのフルート協奏曲の2曲のうち、圧倒的に2番のほうがやりやすいことは、この記事をここまでお読みになられたらお分かりになると思います。では、冒頭の高校生さんは、なぜそんなに選曲で悩んでいたのか、不思議に思われるかもしれません。もうモーツァルトの2番の一択しかないことは明らかのように思われるからです。じつは、以下のようなことがあります。おそらくその高校生さんのオケでも、いろいろな楽器の人がソリストになっていたのでしょう。そして、「協奏曲」と聞いて思い浮かべるのは、たとえばチャイコフスキーの華々しいヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲なのでしょう。ですから先ほども述べました通り、楽器によっては「名曲ぜいたく」と言いたくなるほど、名曲がそろっている楽器というものがあるのです。ピアノもその1つですが、オケでたくさん弾いている楽器としては、何と言ってもヴァイオリンがあります。よく演奏されるヴァイオリン協奏曲を少し思い出して見ましょう。モーツァルト、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、サンサーンス、チャイコフスキー、シベリウス、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ。これらの作曲家で、フルート協奏曲を書いた作曲家は、モーツァルトを除いて皆無でしょう!!それどころか、これらの作曲家、そもそも管楽器のための協奏曲を書いた人が、やはりモーツァルトを除いて皆無だと思われます。「ソナタ」はいますけどね。サンサーンスにはオーボエソナタ、クラリネットソナタ、ファゴットソナタがあります。いずれもその道では「宝物扱い」です(確かにいい曲ですけど)。ブラームスにはクラリネットソナタが2曲ありますね。よく楽譜屋さんで、フルートの棚を見ていると「ドップラー」とかばかりなのに、ちょっとクラリネットの棚に目をやると「ブラームス」とかいう項目があってちょっとうらやましくなりますね。あとプロコフィエフにはフルートソナタがあるのですよ。いい曲ですからご存知ないかたはぜひお聴きくださいね。ニコレの演奏する録音がYouTubeにあったと思いますが、それがとてもいい演奏です。とにかく「協奏曲」に限るとそんな感じです。

一方で、モーツァルトは、かなりの管楽器のための協奏曲を書いています。オーボエ協奏曲が1曲、クラリネット協奏曲が1曲、ファゴット協奏曲が1曲、ホルン協奏曲はなんと4曲。さらに「フルートとハープのための協奏曲」という、フルート協奏曲2曲よりもはるかに人気のある曲があり、4管楽器のための協奏交響曲という曲もあります。もちろんモーツァルトの協奏曲でまず人気があるのは27番まであるピアノ協奏曲ですが、クラリネット協奏曲もかなり人気があり、ホルン協奏曲も広く親しまれています。これらに比べるとフルート協奏曲やオーボエ協奏曲、ファゴット協奏曲の一般的な人気は他の曲にはかなわない気がしますが、せめてわれわれは、管楽器のための協奏曲をたくさん書いてくれたモーツァルトに感謝するしかないのです。そのことを、冒頭の高校生さんには申し上げました。納得していただけました。こんなに長い説明はしませんでしたが、モーツァルトの2番の一択であることは理解していただけたようです。

そして、私は自分が買ったときのこともアドバイスに加えることができました。私のいた中高のオケは、指揮者用スコアから、パート譜にいたるまで、すべて購入していました。(当たり前だと思われるかもしれませんが、これらはあまりに高いので、コピーですませるアマチュア楽団も多いのが実状だと思います。それは厳密には違法でしょうけど。)それで、モーツァルトのフルート協奏曲のソリストの楽譜、指揮者用スコア、オケのすべてのパート譜を購入するのはどの店がいいか。私はオケの曲はよく銀座のヤマハから買っていました。すでに東京には住んでいませんでしたが、銀座のヤマハの品ぞろえのよさは明らかでして、そこで購入することが多かったのです(私の無知で、もっと品ぞろえのよい店があるかもしれませんが…。でも今それを知ってももう顧問ではないので意味はないです)。また先生に聞きました。ムラマツというフルート専門店があります。先生は、ムラマツで買うことをすすめて来ました。フルート専門店だから、という理由です。私は半信半疑で新宿のムラマツに電話しました。「楽譜を買いたいです。モーツァルトの協奏曲第2番」というと、店の人は「はいはい」という感じでしたが(なにしろ世界で最も演奏されているフルート協奏曲です)、「…のソロの楽譜と指揮者用スコアとオケのパート譜のすべて」と言ったら仰天していました。それはそうでしょうなあ。そんな客は滅多にいないでしょう。でも、ちゃんとムラマツでそろいました。先生のおすすめはブライトコプフでしたが(上に少し書いた、フルートとピアノの楽譜の話をご参照)、そのときは在庫がベーレンライターしかなく、コーチに急がされていた私はやむを得ずベーレンライターで買いました。カデンツァは、これも先生のアドバイスで、ドンジョン作曲のものを買いました。じつは上述の、初見大会をしていた「ピアノ名曲主義」の彼は、そのオーケストラ部の筆頭顧問であり、ピアノの人にありがちですが、まったくオケに詳しくない人だったのですが、彼は「カデンツァは別売りなの?」と半ばバカにして来ました。そのモーツァルトの27番まであるピアノ協奏曲については私は何も知りませんが、少なくともモーツァルトは自分でピアノを弾いたので、曲によってはモーツァルトの自作のカデンツァがあるはずであり、もしかしたらそれは楽譜を購入するとついてくるということかもしれません。しかし、少なくともフルートを演奏しなかったモーツァルトは、フルート協奏曲のカデンツァは書いておらず、私は第2番しか知りませんが、その先生のおすすめは「ドンジョン」のカデンツァであったわけです。プロの演奏でもしばしば耳にする有名なカデンツァです。ドンジョンはモーツァルトと同時代と思われるフルーティストで作曲家であり、私も初心者であった中学時代に、先生からドンジョンの「ナイチンゲール」という曲をレッスンで習いました。この第2番は、第1楽章にも、第2楽章にも、第3楽章にもカデンツァがありますが、すべてドンジョンでそろいます。そのほか、第3楽章に、アインガングというのだと思いますが「プチカデンツァ」があり、これはそれこそ付属のものから選びました。複数あったのですが、私が「指揮者が入りを示しやすいもの」に指定しました。これはそのネットの高校生さんのアドバイスには入っていませんが、少なくともその高校生さんには、カデンツァは別売りであることと、ドンジョンのものがおすすめであることは伝えることができました。

だいたい「フルート協奏曲のやりたい学生さんへのアドバイス」はここまでとなります。ここから少し、私自身がその勤務する学校での演奏にかかわった話を書きます。私が顧問で、指揮者であったことは前に書きました。私は「プロの指揮者(そのコーチ)が来られないときの代打」という役割でした。定期演奏会の出演は少なかったですが、なにかの特別な本番はとても多く、たった3年間ですが、貴重な指揮の経験をたくさんさせていただきました。ここで変なたとえを出します。私が東京に住んでいたころ、東京には8つか9つのプロのオケがあったと思います。どうも合併したり他の都市に移ったり、新たに増えたりしているようなので、よくわかりませんが、8つくらいで推移しているようです。私が東京に住んでいたのは1994年から2006年までであり、そのあとのことはよく知らないということをお断りいたしますね。その8つか9つあるプロオケは、私は東京シティ・フィルを除いて、最低1回は生で聴く機会がありました。(シティ・フィルだけ聴けなかったのは単なる巡り合わせです。)合併前の新星日響も聴いています。最もよく聴いたオケはN響です。理由は単純で、安かったからです。NHKホールでの定期演奏会の学生席は当時1,500円であり、しかも必ず当日券がありました。これはホールの値段だと思います。NHKホールって、紅白歌合戦もやっている多目的ホールであって、クラシック音楽のオーケストラ専用のホールではないですからね…。しかし、2006年に東京を去って、いまの地方都市に来て、気づいたことがあります。東京のオケで、この地でも有名なのは、圧倒的にN響だということです。考えてみたらそれもそうであり、N響は、NHKという放送局の放送オーケストラであり、おそらく定期演奏会のほとんど(いやすべて?)を全国放送しているからなのです。先述の「ピアノ名曲主義」の彼も、通ぶっているわりには、たとえば「N響がマーラーの3番をやるのって、13年ぶりなんだって!」などとしたり顔で言って来たものです。(「13年」という数字はたったいまの思い付きであり、具体的な数字は忘れました。でもだいたいそんな数だったと思います。)彼は「東京でマーラーの3番をやるのは13年ぶりだって!」という感じで言って来たわけです。まさかね。少なくとも都響はわれわれのころからベルティーニやインバルの指揮でマーラーチクルス(全曲演奏会)をやっていたので3番をやっていないはずはなく、そのニュースの意味するところは「マーラーの3番という有名な曲を、意外にもN響は13年も演奏していなかった」ということなのですが。それから、ウィーンフィルのベートーヴェンを聴いた自慢をしてくる人は、それでもかなりの通でしたが、東京のオケとなると「読響は新日フィルですか?」というメールをよこすほどの無知ぶりでした。それくらい地方都市に来ると、東京のオケでは突出してN響が有名なのです。それで、言いたいことというのは、N響というのは、定期演奏会よりも「N響特別演奏会」と言ったもののほうが、たとえば「東京文化会館」のような「本格的な」ホールで演奏されることが多く、客席も満員御礼なことが多いのです。そして、とにかく私は2006年までの記憶しかありませんのでそこはご了承いただきたいですが、外山雄三さんはひんぱんに「N響特別演奏会」みたいなものを指揮なさっていたのです。私も何回か聴いています。いまは91歳となり、日本の現役の最長老指揮者になってしまっている外山雄三さんですが、もう何十年も前から「N響正指揮者」という肩書を持っています。しかし、外山雄三さんはなぜか定期演奏会の出演が少なく、定期演奏会ばかり全国放送されることからすると、もしかしたら「外山雄三って肩書にかなり前から『N響正指揮者』って書いているけど、テレビで見ないな」と思っている地方のファンがおられる可能性があると思って書いているのです。実際にそういう人に出会ったことはないのでそう思っている人がほんとうに存在するか否かははっきり言えません。なにが言いたいかと言いますと、私もその学校で定期演奏会の出演は少なかったものの、それ以外の本番の指揮が非常に多く、そしてそういう演奏会のほうがかえってたくさんのお客さんに聴いていただけたのです。つまり「私のその学校における指揮者としての位置は、N響における外山雄三のごとし」だと勝手に思っているのです。ちなみに、「プロの指揮者の代打」と書いてしまいましたが、考えてみると私は給料をもらって指揮をしていたので、私は「プロの指揮者であった」ということもできるのではないか、ということです。ほんとうに貴重な経験をさせていただいたものです。

それで、その翌年に、学生ソロ(冒頭のインターネットの高校生さんではなく、リアルの学生ソロの高校生)で、モーツァルトのフルート協奏曲第2番を演奏したのです。私は指揮者でした。お客さんの前で演奏したのは第1楽章のみ。練習指揮は全楽章やりました。先述の通り、フルートパートはやったことがなく、レッスンを受けたこともありません。これをもって私は「モーツァルトのフルート協奏曲第2番をやったことがある」と言っていいものかどうか。指揮はしたのですよね。これはまるで「バナナはおやつに入りますか」みたいなものです!
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