【自己満足感を価値視する】

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日常的スピリチュアル、安田です。

自己満足というと
自分よがりのような
印象がありますが
自己満足を感じられることに
価値があるのです。
自己満足に対して
批判的な人というのは
自己満足を感じるほど
何かに打ち込んだことがないので
自己満足を感じている人に対して
批判的になってしまうのです。
要するに
自己満足を感じている人に
嫉妬しているのです。
努力というのは
自己満足なのです。
自己満足を感じているので
成長欲求が満たされるのです。
自己満足が満たされることで
次の段階を目指すことが
できるようになり
基準を上げる歩みが
できるようになります。
私たちの歩みというのは
一人よがりになってしまうのですが
一人よがりによって
価値創造ができるのです。
中途半端な自己満足だと
批判、反対によって
ブレてしまいますが
徹底的な自己満足だと
批判、反対ができなくなります。
中途半端な時期は
誰でも通過していくのですが
その時期は忍耐するしかないのです。
自己満足を貫き通すことで
価値創造ができるのです。
努力が続けられる人は
自己満足の味を占めているので
やめられないだけなのです。
良い意味での
自己満足の中毒になっているので
誰にも止められないのです。
努力をしている人
続けている人を
褒め称える必要はないのです。
なぜなら
自己満足を満たすために
努力をしているからです。
努力自体は
苦しいのですが
努力をした後に
達成感を感じ
充実感を感じて
快感を感じるのです。
例えば
運動している時は
苦しさを感じます。
限界まで挑戦すれば
なおさら苦しく感じるのです。
苦しさを感じた後に
達成感を感じられるので
その達成感ゆえに
運動をやめることが
できなくなります。
瞑想を続けるにしても
雑念に悩まされるので
苦しくなるのです。
集中することができなくなり
瞑想の時間が長く感じて
苦しくなるのですが
瞑想をした後の
達成感があるので
瞑想をやめることが
できなくなるのです。
難行、苦行も
その行自体は
苦しいのですが
行を行った後の
達成感によって
やめられなくなるのです。
どんな歩みにしても
自己満足に過ぎないのです。
バカみたいに一生懸命に
投入することは
自己満足なのです。
自分で決めたことであれば
より投入ができるようになり
その投入は自己満足なのです。
なので
自己満足を感じられることを
価値視してください。
そして
上限なく自己満足を
満たし続けていけば
基準を上げる歩みができます。
自己満足を感じて
安心してはいけないのです。
「ここまでやればいい」と
勝手に線を引いてはいけないのです。
いくらでも
上を目指していくような
歩みをしていくことで
自己満足の基準を
上げ続けることができるのです。
自己満足を感じられないことには
価値がありません。
自分よがりで
生み出したことでも
自己満足を感じているのであれば
価値があるのです。
他の人、周りの人の評価というのは
良くも悪くも、どうすることもできないので
自己満足を基準にしていけばいいのです。
思い切り自己満足を
感じるくらいに
投入することができれば
価値創造の歩みが
できるようになり
より大きな目的に
貢献する歩みが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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