取り越し苦労なんてするだけ無駄なこと

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私は今(多少はメニエール症候群の症状が残っていますが)、心身ともにスッキリとした気分で毎日を機嫌よく暮らしています。
その要因はいろいろとありますが、一番は「明日は今日よりいい日だ」と思えるようになったからです。

なぜそのように脳天気で楽天的になったかと言いますと「取り越し苦労」をしなくなったからです。
正確に言うと「取り越し苦労」をいちいちすることがバカらしくなったからです。
そんなにまだ起こっていない先のことを考えても仕方がない、アホらしいとようやく気付けたのです。
それと人生で起こる大半のことはすべて「なんとかなる」と思えるようになったことが大きいですね。

以前に「心配事の大半は実際には起こらない」ということを検証したという記事を読んだことがあります。どこの大学かは忘れましたが、アメリカの有名大学だったと思います。
その記事を読んだ時は「こんなアホみたいなことを研究しているのか・・」と呆れながら感心したことを覚えています。

そういえば、聖書にも「明日のことを思い悩むな」というフレーズがあります。
古今東西を問わず、人は取り越し苦労をしてばかりだったんですね。

よく様々なメディアでやっている「未来予測」の類ですが、あれってほとんど外れています。
占いとたいして変わりません。
未来予測も占いも当たったかどうかの事後検証をほとんどしないので、ほぼ「言いっぱなし」状態です。
こんなものに自分の人生を、自分の幸福を左右されるなんて、それこそバカらしい。
そう思いませんか。
それと、なぜかこの手の未来予測はネガティブなものばかりです。
不安や恐怖を煽った方が、いろいろと都合がよい方々がいるのです、きっと。

・・とこんなエラそうなことを言っていますが、私には苦い経験があり苦い思い出となっています。
私は十数年前まで、コンサルタントもどきのことをナリワイとしていまして、そのとき顧客にいろいろと不安を煽って飯のタネにしていました。
人事労務関係が私の専門分野だったのですが、やれこういう人は雇うなとか、やれ解雇するならこうしろ、とか先に起こるかどうか分からない(多分、ほとんど起こりません)ケースをあれこれ持ち出して、自分の知識やノウハウをひけらかして、報酬をいただいていたわけです。
今思うと、とても恥ずかしいです。
穴があったら入りたい。

今の再生・更正を果たした私(自分で言うなっ!)が言えることは・・・
「取り越し苦労を辞めると、かなり毎日が楽しくなる」ということです。
滅多なことでは悩まなくなります。
こころとからだの調子がとても良くなります。



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