≪風水師が本気で考察≫鬼門と各風水の北東方角 鬼短縮版

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 「鬼門」。現代の中国風水においては北東を一律に避けることはありません。

 ですが「絶対に避けて!」と断言する専門家も数多く、どっちなんだい?と思う方は数多いのじゃないかと思います。

 ここではこの北東鬼門についてその概要と起源に加えて中国、インド風水においてこの北東という方位をどのように考えるのか実例も踏まえて紹介します。

1.家相学における鬼門の定義

 まず、この鬼門を重視するのは日本由来の家相学の流派の方になりますが、この家相学については(諸説ありますが)飛鳥~奈良時代に仏教とともに中国から伝わった風水がもととなるものです。

 平安京や江戸の町においてこうした中国からの風水思想が用いられて都市造成がなされていることをご存じの方も多いことでしょう。

 そして、日本においてこの風水思想は独自に進化を遂げ、それが家相学となっているわけです。

 この記事で考察する「鬼門(あるいは裏鬼門)」はこの家相学独自の概念となるわけですが、家相学における基本的な鬼門の扱いは下のとおりです。

①流派により違いはあるものの、自宅の中心から見た北東方位を鬼門、南西方位を裏鬼門と呼ぶ
②鬼門、裏鬼門においては玄関、キッチン、お風呂やトイレが配置されることを嫌う
③鬼門除けのためには自宅庭の北東方位に鬼瓦、南天、ヒイラギ、白い玉砂利などを配置する

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※図は45度で取った鬼門、裏鬼門の図です。流派によっては北東、南西が60度で取るところもあります。

2.鬼門の起源ー①時間の境界、②黄帝宅経、③地政学、④住宅環境

 それでは、この鬼門の起源はどのようなものでしょうか?

 まずその前に、中国哲学における時間と方位がおおもとは同じ概念をもとにしているという話について説明しておきます。
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 上の図は北を下側に書いたもので、中国風水における方位の区分けを記した方位盤です。見ると子、丑、寅、、、といった十二支の言葉が並んでいることがわかります。
 そしてわたしたちの生活において「時間の概念は地球の自転で太陽との方位が変化することによって生まれ」、「季節の概念は地球の公転で太陽との方位の変化により生まれる」ものです。
 ですからもともと方位と時間の概念は切り離すことはできず、そのゆえに「子午線」「丑寅の方位」「正午」「午前」「午後」「卯(うさぎ)年」といったように、方位と時間の各々を表す言葉にに十二支が出てくるわけですよ。
 そのうえで中国風水や四柱推命で使用する暦は農歴というもので、毎年2月4日前後の立春の日をもって一年が切り替わります。

 農歴において一年の始まりは「寅の月」で一年の終わりは「丑の月」、一日の始まりは「寅の刻」で一日の終わりは「丑の刻」とされています。

 つまり丑寅の時刻、あるいは丑寅の時期は「一日終わりと始まり、一年の終わりと始まりの境界」の陰と陽の交錯する不安定な時間軸であるということができるわけです。

 次に鬼門の起源としてよくあげられる文書は、紀元前中国の古典書、「山海経」や「黄帝宅経」というものがあります。

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 この図は「黄帝宅経」における図示ですが、見ると左下に「鬼門」、左上に「地戸」、右上に「人門」、右下に「天門」と書かれているのがわかります。

 この図は北を下側に書かれたものなので、左下の鬼門は北東に該当するというわけです。この黄帝宅経における鬼門に関する記述は以下の二つです。

鬼門は宅壅なり。氣缺薄空荒なれば吉なり。之を犯せば、偏枯淋腫等の災あり。

(中略)

 艮は鬼門、龍腹稫嚢なり。宜しく厚うして寶重なるべし。吉なり。

 なんだか反対のことを言っているようですが、この文書が黄帝旺宅経における鬼門の説明文になります。

 この二つの記述については住宅とお墓のことを指すものだとする説がありますが、これらの記述が鬼門思想のおおもとだといって良いものですよ。

 この思想のもとには先にあげた時間と方位の関係があると考えられ、陰と陽の境界である丑寅の不安定な時間帯が方位の概念にも適用され、その思想をもって「霊的な存在が活動しうる不安定な方位」としてこの鬼門が扱われた可能性があるというところです。

 そして三点目に国家運営における地政学の話です。

 これらの黄帝宅経が書かれたと思われる時期は匈奴という中国王朝を脅かした部族が幅を利かせていた時期であり、彼らの拠点は中国国内の北東の方位にありました。

 そして奈良時代に日本の朝廷を苦しめた蝦夷のいた方位もまた北東に該当します。

 つまりこうした古典書の概念が日本に伝わる中で、日本の朝廷が北東方位を「朝廷を苦しめる者が襲来する方位」として丁重に扱った可能性が否めないということです。

 最後の四点目は、こうした朝廷、あるいは幕府の施設においてこうした北東鬼門を嫌う風習があった中で、日本の大部分の風土における住宅環境があったからこそこの思想が一般民衆にまで広がったのではないかと私は考えています。

 具体的には日本の大部分の風土で北東方位は太陽の当たらない、冬場に冷えを誘発する方位であり、ケースによってはヒートショックなどを誘発しうる方位であったこと、南西は西日が長く当たることで温度、あるいは湿度が上がるために食品などの劣化を促進してしまう方位であったであろうこと。

 こうした住環境上の生活の知恵が相まって、朝廷や幕府関係施設、あるいはその関係者たちが忌み嫌う北東、南西方位というものを嫌う風習が一般民衆に広まったのではないか。

 わたしはこうしたものが鬼門文化が広まった要因だろうと考えています。

3.中国風水の各技法による北東の扱いについて

 では、この北東鬼門というものについて現在の中国風水諸派や、諸外国の風水文化はどのようなものとして扱っているのでしょうか?

 はじめに中国風水について考えてみます。
 中国風水において建物内部の目に見えない気の流れを見るための技法は現在メジャーなもので二つあり、「八宅派風水」と「玄空飛星派風水(フライングスター風水)」と呼ばれるものです。

 結論としてはこの八宅派、玄空飛星派の両方の技法で北東を特別視することはなく、一軒ごとの家に応じて北東が好ましい方位となることもあれば好ましくない方位となることもあります。

 まずは八宅派における北東方位を見てみましょう。
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 八宅においては、「八宅」の名前が表すとおり宅を8種類に分類してその各々において方位の吉凶をみるものです。

 宅を分ける基準は様々ありますが、メジャーなものは住人の生年月日による分類というところで、その意味で言えば「住人によって北東が好ましい場合もあれば好ましくない場合もある」というのが八宅派の分類における結論となります。

 次にわたしが観法の軸とする玄空飛星派における北東です。
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 この例は2008年築の南西向き(申向き)の物件にかかる間取り図ですが、この間取りにおける北東方位は「2004年~2023年まで財運にとても良い家」というのが簡単な判断となり、

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 この例は2010年築の北向き(子向き)の物件ですが北東方位の玄関は「女性に対する暴力や火災」などの悪い意味がある玄関だという判断になります。


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 この例は先ほどの物件が仮に2000年建築であったとした場合の図になります。この場合の玄関の読み取りは「2044年まで最高の財運を示す好ましい方位」と判断します。

 これらの例をみてわかるように中国風水において原則北東というものは、その物件ごとに吉凶が変わるものだというのが基本的な認識になります。

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 また、鬼門という概念においては家の中も家の外(庭)も同じく北東鬼門として好ましくないものとして扱う者ですが、中国風水においては家の中と家の外は基本的に別の観法で気の流れを読むことが一般的です。

 この図は北を下に書いたもので、赤で区分した「丑、辰、未、戌」の4方位に向きを持つ家においては、一定の外部環境との兼ね合いから「四金殺」という大凶の風水が該当しうる方位となります。

この四金殺で言われるものは死などを意味するもので、中国風水きっての大凶殺といって差支えのないものです。(対処の可否は物件により異なります・・・、)

4.インド風水「ヴァーストゥ」の北東について

 ですが、諸々諸外国の風水などにおける北東を調べる中で、このインド風水というものに目が留まりましたので少しだけ紹介しておきます。

 このインド風水においては各方位を基本的に固定化したものと扱うもので、北東についてはシヴァ神が司る神聖な方位とするものです。

 そしてこの北東は基本的には好ましい方位として扱うわけですが、神聖な方位であるがゆえに「トイレを忌む」という思想が根付いたものであるようです・・・。

 ともあれこのインド風水は神秘学的な要素の強いもので中国風水を軸に据える私自身は気にするものではありませんが、家相との一致は少し気持ちの悪さを感じるものです・・・。

5.結論

 ここからはわたしの結論について書いていきます。

 まず家相学における鬼門というものは、ここまでに見てきたように中国風水を基礎としたものとはいいがたく、日本独自の思想によるものだとわたしは結論しています。

 そして現在の国家運営、住宅環境のどちらを考えても北東という方位を恐れる必要はありません。

 それに加えて中国風水が示すように北東方位の吉凶は物件によりさまざまですから、住宅の中も外も一律に北東を恐れるという概念は風水を真剣に学ぶ人からすればあまりにもシンプルすぎる稚拙な話に聞こえるものです。

 ただ、インド風水と家相の一致というものは気持ちの悪さは残るもので、かつこの鬼門という文化が日本にどれだけ根付いたものかは言うまでもないことです。
 ですからわたし自身の考えとしては「論理的に考えるのであれば鬼門を避ける必要はありません、ただし自身のコミュニティが鬼門を恐れる場合であったり、あるいはロジックを超えた神秘学としての北東に気持ちの悪さを感じる方はたとえばトイレのみの配置を気にする」という扱いで良いのではないか。

 そのようなことを私は考えていますよ。

 いずれの風水、家相であってもこれらの研究の目的は「家族が幸せに暮らすこと」です。家族やコミュニティの中でこれらを極端に忌避する向きがあるのであればそれを喧嘩してまで否定する必要はありませんし、ただこれらのロジックを使った悪徳商法には重々ご注意いただければよいのではないかと、そんな風に思うところです・

 それではこの記事はここまでです、ここまで読んでいただきありがとうございました^^

※この記事は拙文、「≪風水師が本気で考察≫鬼門/裏鬼門・各風水の北東方角」を鬼短縮した省略版です。


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