「もういい時間だ。このまま昼飯にしよう」
仕事先からの帰社の途中、そう声をかけると三人の部下達の視線が一斉に集まった。
「俺の奢りだ」
途端に顔が輝く三人を見ながら俺は先週の事を思い返す。
大学時代の友人から連絡があったのはちょうど先週の事。
互いに忙しく、年に数度季節の挨拶ぐらいはしていたが、どちらも仕事で何をしているのかとの話まではしておらず、友人が会社を辞めていた事もこの時に初めて聞いた。
どうやら脱サラをして、飲食店を始めたそうだ。
そしてその開店日は来週から・・・・・つまり今日からなのだが、初日に閑古鳥が鳴いてるのも格好が付かないからと、俺に連絡をよこしたらしい。
『友達価格で安くするから来てくれよ!』
そう言う友人に内心ため息をついたが、その場は了承の返事のみで終えた。
教えられた場所に行くと、開店初日の客入りは悪くないようだ。
わざわざ俺が客として来なくても問題ないほど。
初めての経営で、心配しすぎなのだろう。この友人はもともと異様に心配性な所があるのだ。それゆえに妙な所で躓く事もあり、先週の彼の言葉にその不安がよぎった為に、今回仕事ついでと称して来てしまったのだが。
「ご友人、宣伝はしっかりされてたみたいですね」
「立地も良いですし」
「お店の外観も素敵」
道すがら友人の店だと伝えたからかそんな部下達の言葉に苦笑しつつも、軽く頷いた。
店に入るなり俺に気づいた友人は嬉しそうな表情を見せたが、客の対応に追われていたらしく申し訳なさそうにする。
俺はそんな彼に軽く手を振って応えた。
「価格も適正・・・かな」
メニュー表を見ながらおそらく無意識に呟いた部下の一人に
「昼、食いに来ただけだぞ」
ハッとして、部下はすいませんと一言。
「美味しいです!」
「これなら昼時に、この付近に立ち寄った時に入るお店の候補になるよね」
「店内の雰囲気も悪くないし、良いかも」
各自好きなことを言う部下達の言葉に耳を傾けながら、目の前の料理を平らげていった。
「せっかく人まで連れて来てくれたのに悪いな」
結局落ち着く事なく、忙しく立ち回っていて会計時まで対応出来なかったことを謝罪する友人に、構わないと伝票を差し出す。
「どうよ、俺の店」
「そうだな・・・良いんじゃないか」
そう俺が言えば嬉しそうに笑う友人に、釣られて表情を柔らかく仕掛けたが、彼の次の言葉にそれがピタリと止まった。
「今日は本当に来てくれてありがとさん!それじゃ約束通り友達割引20パーセントび・・・」
彼が言い終わる前に、間髪入れずに伝票通りの金額をトレーに置き、先週はそのまま飲み込んだ言葉をぶつけた。
「おい、今が大事な時だろ。変な所で価格を歪めるな」
「へっ?」
戸惑う様子の友人に構わず続ける。
「今日みたいに盛況なのは開店はじめの僅かな間だ。そのうち嫌でも落ち着く事になる。今が一番の稼ぎ時だって言うのに友達価格なんてやってる場合か。そもそもこういう時に応援しようってのが、友達ってもんだろ!」
この友人は確かに心配性な所がある。だからこそ何かを始める時に行き当たりばったりで物事を行わない。何事もしっかり計画的にやる。
実際この店は良いスタートをきっている。
店の場所が良く、雰囲気も客受けしやすい。ちゃんと考えて行動した結果だろう。知らせを受けてから調べたが、宣伝もよく練られたものだった。何より料理が美味い!
「変な所で安売りするな。もっと自信持ってやれ」
この業界はちょっとしたことで躓けば、そのまま転がり落ちることもままある。
安くすれば相手が喜ぶなどと考えるようでは、後々良くない影響を与えかねない。
実際にそういうのを多く見てきた。
「まぁ応援って言っても今日みたいに誰かと来るとか、この辺に昼時にきた時は優先的にここを選ぶくらいだけだろうけどな」
「あ・・・・・いや、それは充分・・・だろ」
目を丸くしながらも素直にこぼす彼に、自分自身も妙に気恥ずかしくなり、少し考えるような素振りをして
「ああ・・・でも友達としてできるのはそのぐらいで、店が傾いて首が回らなくなった時は知らんぞ」
そんな憎まれ口をわざと言えば、友人もいつもの調子に戻り大袈裟に反応してみせる。
「おまえ、店出したばかりの俺にそれ言うか!」
「友達、としてはな」
「はぁ?」
俺の急な物言いに不思議そうに視線を向ける友人に、ニッコリ営業スマイルに変えた。
「出来ましたら、そうなる前のご相談をお勧めします。私どもが全力でお力添えをさせて頂きますので」
声も営業用のそれに変えながら、すかさず持っていた財布から一枚の名刺を取り出すとスッとそれを差し出した。
【経営コンサルアドバイザー】
またすぐに、友達の顔に戻ってニヤリと笑う。
「ああ、さっきのアドバイスは開店祝いの友達サービスってことで」