読み切り超短編小説「びしょ濡れになった花嫁」

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「私、絶対許さないから!」
新婦の姉は小声でそう言うとボクを睨みつけた。

 名古屋市郊外の結婚式場、ボクはここでウエディングプランナーとして働いていた。
その日ボクは担当させていただいた新郎のハルオさんと新婦のアキコさんの結婚披露宴で司会をしていた。専門の司会者やアナウンサーなどが司会をするケースが多いが、まれにボク自身に司会もやってほしいと頼まれることもある。
 新郎新婦は同い年でボクより3歳年下だった。二人ともとても礼儀正しく好感の持てるカップルでボクともとても気が合い、年齢も近いこともありぜひボクに司会をやってほしいと頼まれた。
 何度かある事前打合せにアキコさんより2歳年上の姉が一度だけ一緒に来たことがあった。姉は独身で勉強のためついてきたと言っていた。姉妹はとても仲が良く、兄弟のいない一人っ子のボクはうらやましかった。

 2回目のお色直しまでそろそろというころで事件は起こった。
「ガシャーン」という音とともにビール瓶が倒れ、新婦の純白のウエディングドレスがびしょ濡れになった。
女性スタッフが慌てて新婦の近くに駆け寄り、右往左往し始めた。
ボクは右手にマイクを握った。
「皆様、大変申し訳ございません。ただいま私の粗相で新婦のドレスを汚してしまいました。予定より少し早いですが、ここで新婦の2回目のお色直しをさせていただきます。誠に申し訳ございません」ボクは深々と頭を下げた。

 新婦が女性スタッフと披露宴会場から退場した後、末席のテーブルに座っていた新婦の姉がボクに近寄り睨みつけながら小声で言った。
「私、絶対許さないから!」


10日後
 新婚旅行から帰ってきたハルオさんとアキコさん、アキコさんのご両親とアキコさんの姉の5人が訪ねてきた。アキコさんが笑顔でボクにお土産を渡しながら言った。「大変お世話になりありがとうございました。」
 そのあと姉が照れくさそうにボクに話しかけてきた。
「アキコから全部聞きました。…あの時はゴメンナサイ。…本当にありがとうございました。」
ハルオさん、アキコさん、ご両親がそろって頭を下げた。

 あの時 ボクは新婦のアキコさんの異変に気付いた。両肩がわずかに震え涙ぐんでいた。最初は、感動して泣いているのかと思ったがどうも様子が変だった。気分でも悪いのかと思い新婦のアキコさんに近づくと、テーブルの下に隠れた新婦のウエディングドレスの下半身が薄黄色く濡れていた。
(まずい、)ボクはテーブルの上の食器を片付けるふりをして、ビール瓶を新婦の方へ倒した。純白のドレスがびしょ濡れになった。

 そのことをボクは隠し通すつもりだった。強面の父親に一発位殴られてもいい覚悟だった。 
でもアキコさんが勇気を出してすべて話してくれたようだ。
ひと通り新婚旅行の思い出話を聞き終わり、帰り際に5人が丁寧にお辞儀をした。
姉が口を開いた。
「今回は本当にありがとうございました、もし私が結婚するときはここで式を挙げさせていただきますので、その時は司会をお願いできませんでしょうか。」
「こちらの方こそぜひともお願いいたします。」


2年後
 約束通りアキコさんの姉はボクの勤める結婚式場で結婚式を挙げてくれることになった。
だけどボクが司会をするという約束は守ることができなかった。
披露宴会場の入り口にはウエディングウエルカムボードが飾られその隣には新郎新婦あてのメッセージボードが置かれていた。
そこには手書きのメッセージがたくさん書かれていた。
「末永くお幸せに」 「素敵なお二人に乾杯」 「運命の2人に幸あれ!」「これからもよろしくお願いします。ハルオ・アキコ」 「コンプリート!」…

 「それでは、新郎新婦のご入場です。」
盛大な拍手とともに新郎新婦が入場してきた。
新婦が着席するのを見届けると、ボクは新郎の席に腰を下ろした。
末席のテーブルに座っていたアキコさんがボクに向かって親指を立てた握りこぶしを突き出し、ウインクしながらニコリと笑った。
ボクは少し照れて自分の左手の薬指に視線を落とした。
裏側に FUYUMI  to  NATSUO  と刻印されたリングがキラリと光った。


※ この作品はフィクションです。榊原哲夫氏 著作「私は新郎新婦の味方です」(1994年 メタモル出版)を一部オマージュした内容を含みます。
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