「全部置いてきて裸でいられるか」と言うことです。目に見えるものがすべてではない。
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「相手がツインレイでありのままを愛してもらえるのなら、私はこのままで(今ある問題を解決しなくて)いいんだわ!……だから私を受け入れてよ!!」みたいな。
もはやありのままを過大解釈して己が今まで築き上げたその要塞(外面)のまま相手に突撃してOKみたいな解釈していませんか?
外面(そとづら) とは?
1 物の外側の面。がいめん。⇔内面 (うちづら) 。
2 他人との応対などに見せる顔つきや態度。「—のいい人」⇔内面 (うちづら) 。
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冷静に考えてください。
大惨事です。
相手がツインレイでありのままを愛してもらえるのなら、私はこのままで(今ある問題を解決しなくて)いいんだわ!
……だから私を受け入れてよ!!
違いますよ。
「全部置いてきて裸でいられるか」と言うことです。
なんなら裸になったあと、そのまま自分が要塞へ向かうのです。
まぁ、実際には脱ぎながら進んで行くと思われます。
そして近づいていくと、それは要塞ではなかった。と気がつけるはずです。
そこに貴女の、宝物があるかもしれません。
そうやって進んで行くのです。
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現実に、実生活で、家とか物(物質的な部分)、家族や職場といった人間関係、また仕事や何かのコミュニティ・グループを捨てろと言っているのではありません。
まぁ、それが必要なら必要なことはおこります。
“目に見えるものがすべてではない”を理解する。
と言うことです。
大丈夫です。
貴女の元の形が何か変わっていても、相手は愛してくれます。
己にそう見えるだけで、貴女は変わらないからです。
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私は貴方と結婚するのなら、「母への怨み」とか「過去の人生の負債」みたいなものをもって嫁ぐのは嫌だと思いました。
https://coconala.com/blogs/2997019/347936
ずっと、泥沼の中をもがいているようでもありました。
溺れる真似でもしたら、貴方が飛んできてくれないか。そんなことも考えましたが、私は、自分で何かを成したくもありました。
泥沼をずっと、もがき続けて。
私が、深淵の底で見つけたのは、何もできない。
何も持っていない私でした。
それは“私”なのです。
世間で生きるために必要な物は何もない。
何かを持ってすらいない。
ただ、それは私なのです。
何もない。
何をする必要もない。
それは“私”である。
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