摂食障害

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コラム
広島のある公立高校にいた頃、摂食障害だったのを思い出した。
その高校では、当時、思春期の男子生徒が多く、男子の「思春期の良くわからないもやもやとした気持ち」にあてられて、いろいろと対処せねばならないことがあった。
それゆえ、摂食障害になったことが一時期にある。

広島県出身と自称するUというある占い師に言われて心が傷ついたことは、
いまだにそうした広島の公立高校までのしがらみで、同じ生徒からではなく、親戚の人から執着されていると言われて、気持ちが悪いと思ったことだ。
「あなたの方が芯が強いから。切り替えるのも早いしね」と言われても、私は別に救われない。「芯が強い」と言われるくらいなら、「おきれいな人」だと言われたい。
私は、ホワイトカラー的な意味で、潔癖症だと思う。
とにかく、そうした合わないペルソナを別人格として切り離して生きていきたいと思う「程度の度合いの違い」があるから。

すると、高校の頃、摂食障害だったことを思い出し、ここ何年も前から、知らない男性にレイプされる夢を見て苦しんできたこと、モラトリアムの間、平成の大衆文化にこだわりのある中高年から嫌がらせを受けてきたこと、その中には、レイプされる悪夢等もあったこと、内容は性被害というよりも「人間の人間に対する執着心」みたいなものだったこと。どちらかというと「特別な人への執着心」と言う感じだった。

「足を引っ張られたり抑圧されてきた」わけではなかった。「いじめ」を受けたこともマイノリティだったこともない。
HSP気質でもない。

高校の時、摂食障害だったのであれば、さすがにもう30歳なのだから、広島の平成までの大衆文化のノリに合わせる必要も、「大阪や関西の波長」に合わせる必要もないのだろう。
実際、なぜか悪夢で襲われる時の私の姿は、ホワイトカラーの繊細そうな男性像だったりして、あれはホワイトカラーとしての自分の精神性なんだろうと思う。イメージは「おきれいな人」だと見ていて感じる。

それを、もう平成までの広島の文化に合わせて、「かわいい女の子」「芯が強い子」等の「何度目なんですか?そのやり直し」という循環を続けなくていいんだと思うようになった。

その表現方法が時折訪れる「死にたい」「接食障害になりたい」という思いであり、女子高生の頃、すでに公立高校の環境が苦手で、摂食障害になっていたことから、「接食障害で海外を飛びまわっていたことで病気を克服したなな先生」とあけみ相談室で会話がつながる理由が、とてもよくわかった。

18歳で高校卒業して、大学からは常にホワイトカラーの文化にどっぷりとつかっているのが当たり前のタイプもいる。別に、もうそれでいいんだ。
大阪の波長のおせっかいを受けなくていい。O君のことが「ありもしないペルソナを作る人だから」苦手なんだと受け止めていい。
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