長編SF小説 異能者の惑星 第3話 サライ博士の話

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第3話 サライ博士の話
 食堂に皆が集まって来た。テーブルの上にはハンバーグステーキセットが湯気を立てて並んでいる。さながら、ファミリーレストランのお子さまランチの様であった。
「ほう! 今日はハンバーグか。これは良い」
案の定、ミゲルは子供みたいに嬉しそうな声を上げた。ハルカは内心、してやったりである。
「そうですよ。船長お好きでしょう?」
「うん、まあな」
ミゲルは照れる事も無く返す。笑いを噛み殺して、ハルカは皆に声をかけた。
「さあ、皆さん座って下さい。食事にしましょう。ソースはテーブルの上にあるのをお好みでどうぞ」
 一同は席に着くと、ハンバーグを一口食べた。フレーバー付き人工タンパク質のジューシーとは言い難い|質朴《しつぼく》な味が口の中に広がる。
「これは……まあ、人工タンパク質ですからね。仕方ないですか」
ニライがしんみりした声を出した。やはり本物の肉には敵わない。
「そうね。こんなところかしら?」
サライも頷く。
「博士、もし運良く人間が生存可能な星を見つけたとして、その後はどうなるんです? あ、ソース取ってくれ」
タイガがヤナーギクからソースを受け取りながらサライに訊ねた。
「先ず、既に科学者達の分析で、惑星タラゴンが候補に上がっているわ。見つけたら食料生産の為のプロジェクトが開始されるでしょうね。地球の発展がそうであったように、土地を開墾して農地を作る事から始まるわ」
「都市は作らないんですか?」
「先ず食料確保よ。都市はその後だわ」
「食べることは生物の基本ですからな」
船医のマムルはジャガイモをフォークで突き刺すと、しげしげとジャガイモを眺めて言った。地球に居ようが宇宙船に居ようが、人は食べねばならない。
「ドクターの言う通りよ。食料が無くては生物の繁栄は有り得ないわ。問題はタンパク質ね。野菜や果物は農業で何とかなるとして、タンパク質の確保が問題だわ。人工タンパク質だけで惑星全体を|賄《まかな》うのは大変だし」
「でも、地球型の星なら、生物が居る確率も高いのでは?」
タイガが更に質問する。
「そうね。その確率は高いわ。もし地球の様に大型の動物や、魚の様な生物が存在していれば、畜産や養殖が可能になるわね」
「しかし、その生物がタンパク質で構成されていない可能性は?」
今度はミゲルが訊ねた。そうだ。生物がタンパク質で出来ている、という常識は地球以外では通用しないかも知れないのだ。
「もちろんその可能性は否定出来ないわ。でも、地球型の惑星なら生物もやはり地球と同じ様にタンパク質で出来ている可能性の方が高いし、自然よ」
「地球型原始惑星……か。何だかロマンを感じるな」
ミゲルは未だ見ぬ惑星に胸を踊らせた。地球では既に無いに等しい大自然に|溢《あふ》れた惑星が存在すれば、それは奇跡である。
「ロマンは関係無いわ」
「博士は科学者だからな」
「そうよ」
「まあ、議論はこのくらいにして、食事が終わったら順番にシャワーを使ってくれ。俺は最後で良い」
ミゲルはそう告げると、食べ終わったプレートを片付けて船長室へ向かった。
 部屋に入るとミゲルはコンピューターに航海日誌を書き始めた。まだ出発したばかりだが今のところ航海は順調である。
「食事をしながら、未知の惑星について博士に聞く……と。よし、今日の分はこんな感じだな」
日誌を書き終えるとミゲルはベッドへ横になった。それにしても、本当に科学者の言う様に地球型の惑星などあるのだろうか? ミゲルは十八の頃から宇宙船であちこち宇宙を旅して来たが、今までそんな星は見たことが無かった。それほど、この宇宙では生命というのは奇跡の様な存在なのだ。今のところ広い宇宙に地球でしか生命の存在は確認されていない。それに、もし仮に生命の存続が可能な星が見つかったとして、既にそこに人間の様な知的生命体が居たらどうするのだろうか? 彼らが必ずしも我々人類を歓迎してくれるとは限らないではないか。
「その場合は諦めて他の星を探すか、若しくは戦争か……?」
馬鹿げた考えだった。人類をより生存させるために惑星を探しに行くのだ。戦争で疲弊するなど、本末転倒である。だが、人類の歴史を振り返れば、同じ地球人同士ですら争ってきた。それが異星人同士となればどうなるか分からない……。
「船長。シャワー空きましたよ」
考え込んだところでヤナーギクからインターホンが入った。
「分かった。有り難う」

ミゲルは着替えを取るとシャワー室へ向かった。ポラリス号のシャワーは循環型である。汚れた水をフィルターでろ過してオゾン浄化して使うのだ。ミゲルは頭からシャワーを浴びると、石鹸を体に塗りたくった。石鹸の起源は紀元前三千年頃だと言われている。古代ローマ時代の初めごろ、サポーという丘の神殿で羊を焼いて神に供える風習があり、この羊を火で|炙《あぶ》っている時に、したたり落ちた脂肪が木の灰に混ざって石鹸のようなものができた。木灰がアルカリ剤の役目を果たした訳だ。その石鹸がしみ込んだ土は汚れを落とす不思議な土として珍重されたという。石鹸の発明は人類の偉大な発明の幾つかに名を連ねている。実際、どんなに科学が進歩してもこうして石鹸を使い続けているではないか。
「人間ていうのは、進歩しているようで進歩していないのかも知れんな」
ミゲルは泡を流そうとシャワーのレバーを上げたが、お湯は出なかった。
「おい、マジか」
ミゲルはインターホンで整備士のヤナーギクを呼んだ。
「お湯が出ないんだ」
「分かりました。すぐ行きます」
文字通りヤナーギクはすぐにやって来た。一通りシャワー室と隣接する浄化装置をチェックする。
「フィルターが詰まったんですね。洗浄しますからちょっと待って下さい」
「メンテナンスフリーの浄化装置じゃなかったのか?」
「基本的にはそうですが、たまに詰まることもあるんです」
ヤナーギクは浄化装置のフィルター浄化ボタンを押した。
「三十分ほどかかります」
「そうか」 
 それから三十分、ミゲルは泡だらけのまま、シャワー室で待機した。はっきり言ってかなり笑える姿だが致し方無い。ようやく浄化が終わった頃には体はすっかり冷えていた。
「船内の空気も浄化されているし、風邪をひくことはないだろうが、気分的には風邪をひきそうだな」
ミゲルは再びシャワーのレバーを上げた。今度は熱いお湯が出た。お湯が使える事の有り難さを実感する。使用制限があるため、心行くまでとはいかないが、ミゲルは熱いシャワーを楽しんだ。
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