あかつきは税務署長の元を離れ、会計ソフトのもとへと急ぎ足で走り出した。
署長は彼の背中を見送りながら、嘲笑した。「あのあかつきに確定申告などできるはずがない」と。
あかつきは開業届を提出し、独立を決意したばかりだった。
しかし、確定申告の手続きの煩雑さにすでに疲れを感じていた。
会計ソフトを購入し、青色申告の手続きも済ませたものの、専門用語が、まるで山賊のように次々と襲いかかる。
用語について調べ、記入すべき箇所を見つける作業は、まるで絶え間ない戦いのようだった。
特に難解なのは経費の計算で、何が認められるのか、どう分類すべきか、頭を悩ませた。
彼は知識不足を痛感しながら、それでも一つ一つの困難を乗り越えていった。
確定申告の期限は刻一刻と迫っていた。あかつきは、遅くまで明かりをつけて作業に没頭し、ついに期日直前に手続きを完了させた。
ほっと一息ついた彼は、王の元へ戻る準備を始めた。
心の中では、王のあの嘲笑がずっと響いていた。
しかし、自分が証明したかったのは他でもない、自分自身のためだった。確定申告の困難を乗り越え、彼は新たな自信を胸に秘めていた。
路行く人を押しのけ、跳はねとばし、あかつきは黒い風のように走った。
少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
風態なんかは、どうでもいい。あかつきは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。
見える。はるか向うに小さく、神戸の街並みの光が見える。
夕陽を受けてきらきら光っている。
言うにや及ぶ。まだ確定申告会場は営業している。最後の死力を尽して、あかつきは走った。
あかつきの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。
ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。
陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、あかつきは疾風の如く申告会場に突入した。間に合った。
「待て。あかつきが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」
と大声で申告会場の職員にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれてしわがれた声がかすかに出たばかり、職員たちは、ひとりとして彼の到着に気がつかない。
すでに職員たちは長机や書類を整理しようとしている。
あかつきはすでに申告を済ませた人々を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、職員!確定申告をするのは、私だ。あかつきだ。私はここにいる!」
と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに窓口にたどり着いた。
すでに申告を済ませた人々も職員も、どよめいた。あっぱれと口々にわめいた。
あかつきはついに、確定申告に間に合ったのである。
職員の中からも、歔欷の声が聞えた。
税務署長は、職員の背後からあかつきの様子を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえの望みは叶かなったぞ。おまえは、わしの心に勝ったのだ。納税とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえの仲間の一人にしてほしい。」
どっと職員の間に、歓声が起った。
「万歳、署長万歳。」
ひとりの少女が、緋のマントをあかつきに捧げた。
あかつきは、まごついた。そばに居た職員は、気をきかせて教えてやった。
「あかつき、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、あかつきの裸体を皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
あかつきは、ひどく赤面した。
申告完了ヾ(*´∀`*)ノ