「雪国」を読んで

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コラム
 要約なしの、ただの読書感想文です。
 川端康成の「雪国」は、大学生の頃、一度読んだことがあったけれど、最近改めて読んでみた。
 10年ほど前に読んだ時は、正直なところ、ちっとも面白いとは思わなかった。ワクワクするようなストーリーだとも思わなかったし、作者がこの物語を通して何を表現したかったのかさえ分からなかった。あと何ページで終わるのかな、ということばかりを気にしながら読んでいた。
 けれど、さすがに、ノーベル文学賞をとった川端康成の代表作なのだから、素晴らしい作品に決まっているし、ただ単に自分には、これを味わえるだけの感受性と素養が備わっていないだけだと考えることにしていた。それ以降も、この作品には、漠然とした敬意を払いながら、いや、まだ時期じゃない、という言い訳から、ずっと敬遠し続けてきた。
 それが、つい最近ふとこれを読んだのだけれど、びっくりするくらいに美しい作品だった。というより、読みごたえがあるな、と感じた。
 どうして前読んだ時、この美しさに気が付かなかったのか、不思議なくらいだった。
 YouTubeで、川端康成さん、三島由紀夫さん、伊藤整さんの三人が、対談をしている貴重な動画があって、その中で三島由紀夫さんが、
”川端さんの作品を初めて読む人は、これはなかなか手ごわいぞっていうことが分かると思うんです。"

と、おっしゃっていた。私も今回、「雪国」を読んでいて、率直に「手ごわいな」と感じた。 
 けれど、むしろ、手ごわいから面白いと言えるのかもしれない。文学を読むことの醍醐味の一つは間違いなくこの手ごわさだと思う。読んだ後も、しばらくその痺れが残り続けるような、実生活の中にまでズカズカ入ってくるような存在感のある手ごわさ。
 そういった、生々しい格闘の余韻のようなものを感じさせる文学って確かにある。
 私にとって、今回読んだ「雪国」はその一つだった。手ごわいと思ったのはもちろんだけれど、とにかく美しい文章だと思った。読み終わった後も、「これヤバいな」と何篇も繰り返した。翌朝になってもまだ、2.3回くらい繰り返していたように思う。本当にヤバい作品だと思った。
 以前、「雪国」を読んだ時は、まったく眼に止まることのなかった文章が、今回は、やたらと心に染みた。10回でも20回でもじっくり舐めるようにして読まないと気のすまないような文章がたくさんある。(後で、その中のほんの2つだけ引用したい)。
 正直言って、これが単なる恋愛小説だとはどうしても思えない。たしかに、駒子の島村に対する思いは純愛だ。けれど、それがこの作品の主題ではないと思う。
 この作品の主題は、端的に言うと、「けがれのない、哀しい美しさ」だと思う。まず、舞台を雪国に設定していることからも、雪の持つ真っ白なイメージ、つまり、「けがれなさ」「清潔さ」、「無垢さ」、「純粋さ」の描写にはかなり力点を置いてるように思う。
 今パラパラと「雪国」のページをめくっているのだけれど、登場する女性2人の美しさ(清潔で純粋な美しさ、哀しい美しさ)を雪のイメージと結び付けている文章を2つ引用する。
駒子の清潔で純粋なひたむきさを、雪の清潔なイメージで描写するシーン
 駒子は、自分の読んだ小説の題名、作者、登場人物、その相関図を、何年も前から、ただただ雑記帳に書き留める習慣があると、島村に伝える。そんなこと無駄だと思った島村が「徒労だね」と返す。しかし、彼はそれだけでは言い足りず、、、
全く徒労であると、島村はなぜかもう一度声を強めようとした途端に、雪のなるような静けさが身にしみて、それは女に惹きつけられたのであった。彼女にとってそれが徒労であろうはずがないとは彼も知りながら、頭から徒労だと叩きつけると、なにか却って彼女の存在が純粋に感じられるのであった。
 「雪のなるような静けさ」という表現がたまらなく綺麗。駒子の無垢さが視覚的に想像できる。
 「徒労」という言葉にも注意してもらいのだけれど、この言葉は作中に何度か出てくる。これもまた、駒子の純粋さ、ひたむきさを、逆説的に表現するキーワードだと思う。
 次に、(島村が好意を寄せる)葉子の哀しい美しさを、雪のはかないイメージで描写しているシーン。
その笑い声も悲しいほど高く澄んでいるので、白痴じみては聞こえなかった。しかし島村の心の殻を虚しく叩いて消えていく。
 葉子もやっぱり、哀しさを感じさせる女性。その彼女の声を、「(島村の)心の殻を虚しく叩いて消えていく」という風に表現している。この「、、、消えていく」という表現も、雪が地面に落ちてあっけなく消えていく様を表しているのだろう。はかなくて美しい表現だと思う。
 本当は、ここで引用した文章よりも、もっと有名な描写がたくさんあるのだけれど、ここにあげたのはあくまで私のお気に入りの中の2つ。
 とにかくこの作品、雪のイメージを用いて情緒の描写をするシーンが多い。驚くぐらい多い。そして異常に美しい。
 川端さんの他の作品も、時間をかけて読んでいきたい。
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