逢瀬 その25

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小説

※(21) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。

【短編集(シリーズ)より】


本文


 翌朝、早めに出勤した神津は、昨日の、やり残し分の決算書類の整理に取りかかっていた。

ふと腕時計を見ると、午前10時を回ってしいた。
本田部長からは、その後、何もメールが来ない。


メールがないことが却って、早くしろ(!)と、急かされているようなモノであった。

背広のポケットから携帯電話を取り出すと、ティールームに足を運んだ。
普段は取引相手の接待や、ちょっとした会議に使用するスペースであるため、決算期の今頃は空いている。


美鈴に連絡を取らねばならないのだが、脇坂は、携帯電話を手にして考えていた。

都合良く脇坂の携帯電話に、美鈴のコールナンバーと、メアドが入れられていたが・・

それが、本当に美鈴のモノだという保証はあるのだろうか…。




仮に、美鈴のモノだとしても、

神津は、初めのうちは、電話で機械的に用件を済ませるよりも、話がスムーズに島崎に伝わることを確認できるまでは、直接、美鈴に会って用件を伝えたかった。




考えあぐねた末に、

島崎のプロジェクトの件に関する当社の見解を伝えたい事と 直に会って、話がしたいこと。
会う場所と時間は、昼食時間帯から少しずらして、
午後1時30分頃
目立たぬ場所として、
新橋の○○○○洋食店でどうか・・・


来る時の装いは、目立たぬようにスーツにしてくれるように
という、旨のメールをしたためた。


約束の某洋食店は、タンシチューで定評がある店であった。


神津は、メールを打ちながら、単に 仕事の連絡で会うはずなのに・・

妙にウキウキしている自分に気がついていた。


メールを打って、数分後・・



美鈴から返事が来た。





1時30分に、新橋のガード沿いの○○○○洋食店ですね。
分かりました。白色のスーツで伺います。



と、
言うモノであった。



白色のスーツは…ちょっと困る。

とは、思ったが、
銀座から流れてくる人々も利用する店なので、さして目立つことはないだろう・・と思い直した。


元々、美鈴の美貌では、何を身につけたとしても、人目を引くに違いなかった。


返事を受け取ると、○○○○洋食店に予約を入れ、大きく深呼吸してから、ブラックコーヒーを飲み込んで職場に戻った。



何食わぬ顔で、部下から上がってくる書類に目を通し、指示を与えていると、昼のチャイムが鳴った。

神津が若い頃は、営業マンの常で、昼食はたいてい社外であったので、社内の昼のチャイムを聞くことは希であったが、近頃は社内で聞くことが多くなっていた。

課長代理や、課員が食事に誘うが、未だ、営業経費の決算書類が出来ていないことにして断った。


課員が、殆ど手払った頃合いを見計らって、神津は、背広とバーバリーのコートを手に取った。人目についても良いように、ブリーフケースを持つことも忘れてはいない。








3月も近いのに、外のビル風は未だ冷たい。

地下鉄の通路に避難して、電車で新橋に向かった。


そっと周りを見渡すが、見知った顔はいない。

新橋のガード下に、目指す洋食店があった。


マスターとは、神津が若い頃からの馴染みで、フォークで切れるほど、サクッと柔らかく煮込んだタンシチューに眼がないことも、よく知っている。


マスターに、女性の客が来るが、込み入った話があると話し、奥の方に席を頼んだ。



客あしらいに慣れたマスターは、何も尋ねずに了承した。



※この話はフィクションです
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