※(21) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。
【短編集(シリーズ)より】
本文
妙な興奮がさめやらぬまま、帰宅した神津は
頭を整理するために、一睡も出来ずに朝を迎えた。
出社するなり、
一番に、本田部長から社内メールで呼び出しが掛かった。
神津は、もう話が漏れたのかと疑いながら、
営業部長室のドアをノックした。
本田は
未だ、外套を着たままで、机上パソコンの社内メールをチェックしながら手招きで、神津を机の前に促す。
オーバーコートを脱ぎながら
「昨日、島崎会長の道楽個展に行ってくれたのだな。」
と尋ねてきた。
「はい。思ったより、見事な技量の力作ばかりで、ご盛大な御様子でした。」
美鈴の水彩画を思い出しながら答えた。
「うむっ、その君が何故、美人女性と銀ブラしていたのかな。目撃した者が、ご注進してくれたぞ。未だ、眼が赤いようだが、鬼の居ぬ間の洗濯かな、女遊びも程々にな。」
と茶化すように、イヤミ無くたたみかける。
神津は、しまったと思った・・。
美鈴と歩くことで、すっかり舞い上がってしまっていたが、通行人の中に、社内の者が居たに違いないのだ。
これからは周囲にもっと気を配らねばと思い直した。
神津は深呼吸してから・・
「実は、そのことについて重大なお話がございます。」
と、本田に詰め寄った。
神津の、ただならぬ気配を察した本田は、島崎からの個展の招待状に 一番信頼できる部下をよこしてくれとの、添え書きが有ったことを思い出し、やはりあの爺様は・・何か仕込んだな、と直感していた。
「立ったままでは何だ…そこにかけたまえ。」
そう言って、カシミヤのオーバーコートと黒色のダブルの背広を脱ぎながら、机の脇の応接セットを示した。
神津が座った斜め向かいに、本田も腰を下ろした。
「聞こう。何があった。」
神津が、
昨晩の島崎とのやり取りを一通り説明すると・・
さすがに、本田もみるみる顔色が変わり、熱くもないのに、ネクタイを緩め・・プラチナのカフスをテーブルの上に投げ捨てた。
オーダーメイドのシルクのワイシャツの袖をまくり上げ、
「そうか…話は分かった。君は、部署に戻って普段通り仕事に掛かってくれ。くれぐれも他言無用にな。」
と、念を押し、手で神津に退室を促し机に戻ると、
不器用な太い指で、極秘社内メールを打ち出した。
その日のうちに、秘密裏に昼食会を兼ねて、部長以上の緊急取締役会が開かれた。午後には取引銀行の、頭取クラスの要人も招かれていた。
続
※この話はフィクションです