逢瀬 その12

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小説

※(21) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。

【短編集(シリーズ)より】


本文


 神津は、大切な得意先の会長の申し出を、断るわけにはいかなかったし、
人妻とはいえ、この様な和服美女と、ご一緒できるのならと・・

承知いたしました。

と、答えてしまっていた。


美鈴は、呆れたと言った表情で、義父と神津を見比べるが
すぐに、神津のそばに歩み寄り、

それじゃあ私、神津さんに思いっきりおねだりします。

と言って、これ見よがしに神津の腕を取る。


身近に、着物に炊き込んだ香の薫りを感じて、
妻との出会い以後、忘れてしまっていたモノが、
神津の胸の奥で、うずき始めていた。



島崎は、勝手にしろ。と言った風情で、他の客の方に歩いて行く。

神津は、美鈴と共に、会場内を歩きながら気が付いた。


美鈴は、いつも神津の半歩ほど後ろを歩き、
話しかける度に、振り返らねばならない。


水彩画について尋ねると、

父がつまらぬことを申し上げてしまい
申し訳ありません。

詫びた後、

実父を失った寂しさから
幼い頃から義父のアトリエに入り浸りで
真似事で、絵筆を取っているうちに覚えたのだと言う。


題材はいつも、庭に咲く花々だった…と寂しく笑った。


油絵にすると、毒々しい程の色彩の花々が、
水彩の透明感によって、清楚に描き取られている。
非凡な才能だと思った。


仕事の打ち合わせまでの、時間つぶしの相手役を
押しつけられた形の美鈴が、気の毒だと思う反面・・

人妻とはいえ、久々に美しい女性と時間を共有出来ることが
神津には、妙に嬉しかった。


※この話はフィクションです
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