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紡ぐべき思い
記事
小説
ツキノシヅク
2020/11/27 19:54
※(16) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。
【短編集(シリーズ)より】
[本文]
その男がこの家を訪れたのは
二度目だった。
疲れ切った顔の
主が男を出迎える 。
「
お手数をかけてすみません
」
か細い声で言う
男は静かに頭をさげた。
【真新し仏壇の前】
主の妻は憔悴し
天井を見つめたまま何事かを呟いていた。
主が男に問う
「
本当に孝輔はここに居ないのでしょうか?
妻は何度も孝輔を見たと‥
最近では私も孝輔を身近に感じる事さえあるのですが
」
男はそれに答えず
仏壇の前に座り
ポケットから取り出した香を焚いた。
紫色
の煙が立ち昇り
部屋の中を不思議な香りが満たしていく…。
仏壇に手を合わせていた男が
主の方に向き直り、
やっと口を開く。
「
ここに孝輔君は居ません
」
その声に妻が激しく反応した。
「嘘よ! 居るわ!今もここに居るのよ!」
男に飛び掛かりそうな妻を、主が素早く抱き止める。
「
落ち着いて下さい
」
決して大きくはないが 凛とした男の声が響く
真っ直ぐに二人を見つめ
「
落ち着いて下さい
」
もう一度男が言う。
凛とした
心に響く声が二人を制した。
この家の一人息子である孝輔は、9歳でこの世を去っていた。
小児がん
その病名が医師から両親に告げられ
わずか二ヶ月での急逝だった‥。
まだ幼い孝輔の身体に繰り返される
辛い検査と治療。
治療に伴う副作用。
両親の目には、ひどく残酷に見えていただろう…。
それでも望みを捨てず、家族で立ち向かったが、
苦しみ‥ 苦しみ…
そして孝輔は逝った
病室の外では、蝉が騒がしい暑い夏の日に
最愛の両親に看取ら
そのあまりに短い生涯を終えた。
小さな棺に夫婦で縋り付く姿は、
慰問に訪れた人々の悲しみを一層強くした。
その葬儀から
一ヶ月ほどした頃
主は妻の様子に異変を感じた。
最初は見守るだけだった彼は
妻が繰り返し、繰り返し読む
孝輔の遺した日記を読み
絶句した。
続く
#ストーリー
ツキノシヅク
絵描き/コミュニケーション×心理学/講師 / 40代前半 / 男性
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