紡ぐべき思い

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小説

※(16) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。

【短編集(シリーズ)より】





[本文]
その男がこの家を訪れたのは
二度目だった。


疲れ切った顔の
主が男を出迎える 。



お手数をかけてすみません


か細い声で言う

男は静かに頭をさげた。







【真新し仏壇の前】


主の妻は憔悴し
天井を見つめたまま何事かを呟いていた。



主が男に問う


本当に孝輔はここに居ないのでしょうか?
妻は何度も孝輔を見たと‥
最近では私も孝輔を身近に感じる事さえあるのですが


男はそれに答えず

仏壇の前に座り
ポケットから取り出した香を焚いた。



紫色の煙が立ち昇り
部屋の中を不思議な香りが満たしていく…。



仏壇に手を合わせていた男が
主の方に向き直り、

やっと口を開く。



ここに孝輔君は居ません

その声に妻が激しく反応した。


「嘘よ! 居るわ!今もここに居るのよ!」

男に飛び掛かりそうな妻を、主が素早く抱き止める。



落ち着いて下さい


決して大きくはないが 凛とした男の声が響く




真っ直ぐに二人を見つめ


落ち着いて下さい


もう一度男が言う。



凛とした
心に響く声が二人を制した。







この家の一人息子である孝輔は、9歳でこの世を去っていた。




小児がん


その病名が医師から両親に告げられ
わずか二ヶ月での急逝だった‥。



まだ幼い孝輔の身体に繰り返される
辛い検査と治療。
治療に伴う副作用。

両親の目には、ひどく残酷に見えていただろう…。




それでも望みを捨てず、家族で立ち向かったが、

苦しみ‥ 苦しみ…

そして孝輔は逝った



病室の外では、蝉が騒がしい暑い夏の日に
最愛の両親に看取ら
そのあまりに短い生涯を終えた。



小さな棺に夫婦で縋り付く姿は、
慰問に訪れた人々の悲しみを一層強くした。







その葬儀から
一ヶ月ほどした頃


主は妻の様子に異変を感じた。





最初は見守るだけだった彼は
妻が繰り返し、繰り返し読む
孝輔の遺した日記を読み

絶句した。










続く
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