自作小説 [線香花火]

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 私の恋人は、死にたがりだ。
 例えば、仕事がうまくいかなかったとき。例えば、夜うまく眠れなかったとき。例えば、作っていた料理を失敗したとき。例えば、芸能人の訃報をきいたとき。例えば、何もない休日をだらだらと過ごしているとき。
「ああ、もう。死にたい」
 決まって彼はこうこぼす。
「もう、またそんなこと言って」
 そのたびに、決まって私はこう返す。
「ダメだよ、あなたがいなくなったら、私が死んじゃう」
「大丈夫だよ、お前は」
「いやいや、大丈夫じゃないよう」
 そう言って、私はからりと笑う。笑って見せる。
「大丈夫だって。お前はなんだかんだ生きてるよ」
 嘘だ。
 だって、少なくとも今、私の中の小さな私が死んだ。
 彼の言葉によって、殺された。
 彼が死をほのめかすたび、その言葉は私のハラワタに突き刺さる。そして、その中にあるたくさんの小さな私を葬っていく。
 深くできた傷は大きな跡になり、その上にまた傷ができていく。何度ふさがっても、ぶり返したように痛みだす。この傷は、二度と治らない。ふさがりはしても、治りはしない。ずっと、永遠に、思い出したように痛みだすのだ。
「ねぇ、」
 声をかければ、だらだらとゲームを続ける彼は「ん?」と声だけで返事をした。振り返らないその背中に、私は続ける。
「私より先には死なないって約束してよ」
「ええ、何それ」
 笑いながら、彼は答える。
「そんなん、約束できるわけないじゃん。人間、いつ死ぬか、誰から死ぬかなんてわかんないんだからさ」
 ああ、また、死んだ。
「うん、そっか。そうだよね」
「そうそう。そうだよ」
 私は口を閉じ、彼のプレイするゲームの画面をただ眺めた。
 彼がどれほどの絶望と苦しみを持ってあの凶器を振り回すのか、私は知らない。けれど、それでも、思うのだ。
 嘘でもいいから、先に死なないと言ってほしかった。
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