(サンプル小説)ぼくはえきピアノ

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ぼくはえきピアノ
朝から晩まで変わらずここで色んな景色と、色んな人を見ているよ

ぼくがこの場所へ来たのは2ヶ月前の真夜中
真っ黒な身体を色んな子供達が色彩を与えてくれて、ぼくはえきピアノへ生まれ変わった
時折、調律をしにおじさんと、清掃をするおじさんおばさん、売店のお姉さん、駅員さんたちとは顔を合わせるけど、それ以外ははじめましての人も多い。

ここで毎日、朝日を浴びて、穏やかな昼を過ぎると、夕日が沈み、長い夜がやってくる
空を見ていると一日は早く感じるときもあるけど、ぼくを触りにくる人は色んな人が居る。
本当に色んな音色が奏でられるんだ。

早朝、制服姿の女子高生。真冬の朝、はぁと彼女が吐いた白い息が人影もまばらな駅構内へと広がってゆく、鞄を足下に置き、古い椅子に浅く腰掛ける。手袋をそっと取りコートのポケットへ入れると、細い指でそっと鍵盤を撫でた。
ゆっくりと身体を揺らせ、ペダルを踏む。
響き始めたのはショパンの「英雄ポロネーズ」
目の覚めるような叩き付ける強い音色の旋律と、優しく撫でるような流れる音色が重なり、目覚めの朝に似合うような一曲になっている。
中盤からゆっくりとしたリズムが、いつしか早くなりまた序盤の早い旋律へ戻るが彼女はどこか夢心地にたった一人で弾いていた。奏でる細い指は柔らかくずっと練習してきた年月を感じさせた。彼女はこれから音楽の道へと進もうとしているのだろうか、それともこれは趣味程度の楽しみとしているのか、それは分からないが、ほら、幸せそうな顔、真っすぐな澄んだ音を聞くとその瑞々しい感性を大切にしてほしいなあなんて、ぼくは思う。演奏が終わると恥ずかしげに鞄を取り、改札口の方へ歩いていった。

朝のラッシュも終わり、そろそろ昼前になる穏やかな時間帯。初老の男性がゆっくりぼくを撫で、椅子に腰掛けた。そして周りをゆっくりゆっくり見つめ、皮の鞄を開けると古い譜面を取り出し広げる。老眼鏡をゆっくり掛け、目を通し、ゆっくりと両手を鍵盤の上に置く。
美空ひばりの「愛燦々」という楽曲を確認しながら、何度も時には間違えながらも、まだ緊張感が残る強みのある叩き方で弾いていく。
ああ、きっとこのおじいさんはこの曲が好きなんだろうな、ピアノの技術というものは必要ではあるけれども、こんなに気持ちがこもった音色は久々だ。まだピアノを習い始めたばかりなんだろうか。開けっ放しの鞄からは「はじめてのピアノ」なんていう練習本も見えた。
人生の第二期として、ピアノや趣味を広げる人は少なくない。ここにもよく練習で訪れる人が何人も居る。時に恥ずかしそうに、時に自分の世界に入り込み、楽しむ一瞬であれば良いとぼくは思っている。

時にはこんな人が居た。何やら撮影機材を持ってファンらしき若い子達をぞろぞろと従えてやってきた若者達だ。男性もいたし、女性もいた。彼らは入れ替わり立ち替わり『◯◯のストリートピアノやってみた!そしたらこんな奇跡が!』なんてサムネイルが入るような有名youtuberの様だった。だが彼らも「魅せる」プロでもあるので、人通りが多い時間を比較的狙い、今流行りのアニメやゲーム、流行歌を中心に交代交代で盛り上げる、ギャラリーも多く、スマホを皆構えて、時に歓声を上げ、時に涙を流すファンの子もいた。ぼくの動画も彼らの「奇跡」になれるのかなぁ。ただ、あまりに人が増えすぎてしまうと通路が塞がってしまって、今年入社したての駅員さんが強くも言えずにしょぼんとしていたのは少し寂しかったなぁ。一気に演奏して、演奏者についてくように一気に人が引いていく。まるでブレーメンの行進みたい。

夜も深くなり、酔ったサラリーマンが僕の方へ寄ってくる。あ、弾いてくれるのかな、ぼくは大歓迎ですよ。そんなことを思っていたら、鍵盤を左手でばーーーーーん!と叩き付ける。何度も、何度も。めちゃくちゃに。
痛いよ、あー、そういうことか、動けも話せもしない街角にただあるぼくは時には人の哀しみや怒りの矛先にもなる。鍵盤が割れかけたり、調律もよく狂う、古いピアノだしね、だけど僕は叩かれる為にあるんじゃない、音色を奏でる為にあるんだ。

ぼくは音色しか出せないから、誰にも伝えられないんだけどね。

時にはセッションがはじまり、時にはピアノの音で子供達が口ずさみ、時にはずっとぼくを見つめてはいるが弾くまではできない中年の女性もいる、習いたてのバイエルを片手にぼくに触れていく幼稚園位の子もいるんだよ。
ピアノを弾く人は様々。ぼくは駅のなかにあるだけの「もの」だから、椅子に座り、鍵盤を叩く人々は様々だ、性別、国境、年齢なんにも関係ない。上手い下手も関係ない、弾きたければ弾けば良い、縛られない、自由だ。

ただ、ピアノとして思うのは、音は弾く人の「人間性」を描く鏡のようなものであり、旋律は決して嘘はつかない。
その時の感情が偽り無く表現されるのが「音楽」なのだ。だからこそ、時に素晴らしい化学反応を起こす事だってあって、誰も想像できない「幸せ」が訪れて、僕も一緒に最高に飛び上がれる瞬間になれるんだ。

最後にぼくがピアノで良かったなぁと思えるエピソードをご紹介するね

あれは桜が咲き始めた少し暖かくなってきた春の夜のこと
私服姿の二人の大学生風の若い男性がこちらへ向かって来た。
「これ、凄いね。流行りのストリートピアノ?」
「ここにもあったなんて」
「お前、ピアノ弾ける?」
「少しだけ昔、習ってた」
「マジで?俺ね、ちょっと弾ける」
短髪の短パン姿の男性が椅子に腰掛けた
隣にパーマを掛けた軽い茶髪のジーンズ姿の男性が立つ
「何弾く?昔、習ってた曲?」
ポロンと立つ男性が、ふと考えて呟く
「お前、ラブソディー・イン・ブルーとか弾ける?」
「うわー、それ昔、習ったけど、忘れてるかも」
「ハイソかよ、言っただけだったのに」
「舐めるなよ、よし!久々にやってやるか」
二人は嬉しそうに、なんとなく鍵盤を叩き、感触を確かめていく。
まるで互いの波長を探り合っているようだ、楽しい時間。
ふっと息を吐くと、一人がまず主旋律をたたんと奏ではじめる。
誰もいない静かな構内に広がってゆく、この瞬間だけに産まれてゆく音色。
軽快な音に重なる様に、片手で座っていた男性がリズムを刻む。
それがゆっくりと音が重なっていって見事なジャス仕様の「ラブソディー・イン・ブルー」に作り上がってゆく。
確かに音ズレや間違いがあるものの、二人とも楽しそうに鍵盤を叩いている
幸せの音、ぼくはこの瞬間のためにここに在り続けているのかもしれない。
じゃじゃーんと曲が終わったらしく、楽しそうに二人はいえーいと手を叩き合わせ
喜びあう。客は誰もいなかったけど、ぼくは確かに聞いていたよ。
「明後日か」
「そだな、お前とこうやって馬鹿もしばらく出来なくなるな」
「職場は東京?」
「そう、明日にはもう引っ越しでこっちを出る」
「そうか、また連絡しろよ」
どうやら一人はもうすぐこの土地を旅立つ若者だったみたいだ。
そうか、だから妙にさっきの音色がどこかとても切なかったんだね、音は正直。
彼らはとても良い、友達同士だったんだ
別れの時、その場にぼくを選んでくれてありがとう

二人は改札口で別れ、ぼくはまたひとりになった。

出会いと別れ、ぼくは変わらずきっとここにいるよ。
ぼくは名もなき、えきピアノ。
ずっとここから見守って、君が弾きに来てくれるのを楽しみに待っている。


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