妊娠・出産は思いのまま?卵子凍結の現実と現状を現場から考える。

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 グレイスグループはこのほど、選択的卵子凍結保存サービス「グレイスバンク(GRACE BANK)」を開始した。卵子凍結とは、将来の妊娠、出産に備えて、卵子を採取して凍結保存しておく方法。「グレイスバンク」では、提携クリニックで採卵し、凍結させた卵子を、同社の一括保管庫に輸送し、体外受精を必要とするときまで保管を担う。医学的に妊孕性(妊娠するために必要な能力)の喪失が差し迫っていない女性がライフプランのために卵子凍結を選択できる社会インフラの整備を目指す。(WWD 2/16(火) 20:00) 
 先日、社会的卵子凍結(健康な女性が未来の妊娠のために卵子凍結保存を行うこと)を目的にグレイスグループおよび関連機関が合同でのプレスカンファレンスを行いました。
 花田CEOは立ち上げの経緯について「現在ライフプランとキャリアが両立できない社会的環境の中で、不妊に苦しんでいる人はたくさんいる。女性個人だけでなく、社会をあげて取り組まなければいけない状況に来ているため、妊活の一貫として比較的年齢が若いうちでも卵子凍結を選択できる環境を整えるべきだと考えた」と話す。(WWD 2/16(火) 20:00) 
 グレイスグループでは、一般的に「社会的卵子凍結保存」と呼ばれる、晩婚化などに伴う妊娠時期の遷延に備えた卵子凍結に関し「個人の選択ということを強調するために“選択的卵子凍結”と名付けた」と言及しています。

 それでは実際、女性が出産時期を自分で選ぶために「選択的に」行ったとして、必ず未来の妊娠出産を保証するものなのでしょうか。現場の経験や、日本産科婦人科学会が公表しているデータをもとに検証していきたいと思います。

1. 卵子(未受精卵子)凍結の実際

1-1. 卵子凍結の技術的な問題
 教科書的には、十数年前までは「卵子凍結は試験的な技術」であるとされてきましたが、現在では臨床的な技術であるとされています。
 日本では「超急速ガラス化法」という凍結方法がメインに行われており、メーカーのプロトコルは存在するものの、そのままの方法で凍結を行うと卵子へのダメージが大きいため、各施設でプロトコルをカスタマイズしているというのが現状です。
 凍結胚(凍結受精卵)の場合、融解後の胚の生存率は97%以上とされていますが、凍結卵子の融解後の形態的な生存率は8割程度(融解後に変性したりする卵子もある)とされています。技術のある施設や耐凍能の高かった卵子で9割といったところでしょう。
 また日本産婦人科学会が毎年公表しているデータによると、治療周期総数(受精の為に卵子を融解した治療数)当たり、移植総回数(1以上)は136回*にすぎず、いかに卵子の融解から移植可能な胚へもっていくかが難しいことが読み取れます。

1-2. 移植当たりの出産率
 凍結卵子を用いた体外受精で、年齢を考慮せず出産できる確率は、移植胚当たり15.4%*です。
 卵子の融解の段階で、形態的に生存していると判断された卵子に顕微授精を行いますが、若い女性でも受精率や胚の発育率には差があり、若い時に凍結したからと言って100%の卵子が移植できる状態になるとは限りません。逆に言うと、せっかく移植できても約85%の確率で失敗します。

2. 年齢とともに染色体異常の卵子が増えてしまう

  あるクリニックで、この選択的卵子凍結の説明会を行うと、大半は40歳前後の女性が集まると以前記事になっていました。
 NHKが特集した「卵子の老化」の正体は染色体異常が最大の原因です。20代後半でも染色体異常の受精卵が形成される確率は約20%**程度あり、年齢とともに上昇し、40歳では約70%**にもなります。
 個人差があることは言及しなければなりませんが、このデータから見て、卵子凍結を行うのであれば、せめて20代で行うことがBetterでしょう。
 40歳で妊娠を目的に卵子凍結を行うのであれば、諸説ありますが10~50個の卵子が必要との研究結果もあり、現実的ではないというのが現状です。

3. 高齢者の妊娠出産には母子ともに大きなリスクが伴う

生みたいときに子供が産める。それは現代の働く女性のライフスタイルを考えると、大変耳障りのよいフレーズですが、高齢出産によるリスクも考慮しなければなりません。
 現在でも普通の産科では、40歳以上の妊婦さんは出産に高いリスクがあるためにお断りされることが多く、不妊患者さんでも里帰り出産をあきらめる方も少なくなりません。
 妊娠高血圧症や妊娠糖尿病、また高齢による基礎疾患により、早産・死産のリスクも高まります。
 海外で卵子提供を受けて妊娠した40歳以上の高齢妊婦さんの約9割は、高度な医療設備を有する病院で、厳重な妊娠管理のもと、出産に挑まねばならない という現実もあます。
 現時点で産科医の数は減少の一途をたどっており、お産できる場所も減っています。高齢出産が増えることが社会にどのような影響を与えるのか、今一度考えてみる必要もあります。

4. 結婚した男性の妊孕性(女性を妊娠させる能力)も重要

 ここまで卵子凍結に関して書いてきましたが、受精させる男性の精子の問題に関してはあまり記事などでも触れられません。男性にも女性を妊娠させる能力には個人差があることを忘れてはいけません。
 現在、不妊治療を行っているご夫婦の不妊理由の原因の半分は男性にあることが分かっています。加齢に伴う精子所見の低下だけでなく、性交障害などの身体的な問題も増え、それを理由に体外受精を行っている患者さんもいるのが現状です。
 また近年、男性の加齢が自閉スペクトラム症(ASD)の発症に影響していることがわかり、注目されています。580万人という大規模な調査により、母親の加齢よりも父親の加齢のほうがASD発症率の増加に影響することが示唆されています***。
 このように女性にしろ、男性にしろ、加齢は生殖細胞の質に多大な影響を及ぼし、次世代へと受け継がれていきます。
 卵子凍結も重要ですが、社会的精子凍結に関しましても議論の余地があると、私は考えます。

最後に

 卵子凍結は、卵子をSci-Fi映画のようにコールド・スリープさせることによって、時を超え、自分の若い頃の卵子を使用することで妊娠に至る夢のような技術であることは事実です。今後の技術の発展も期待したいところです。
 しかし、現段階でその成功率(出産率)は低く、且つ、妊娠には男性の妊孕性も重要であるため、若い卵子を使うから絶対に妊娠できるわけではありません。1回の治療の85%が失敗に終わることを考えると「お守り程度」に考えておくのが妥当だと思います。
 このグレイスグループの説明によれば、採卵は提携クリニックで行い、卵子の保管をグレイスグループが行うビジネスプランのようです。
 またかなり大きな組織であるため、保管費用は卵子15個までであれば初期費用10万円かかりますが、年間3万円の凍結保存料は、既存のクリニックで行われている卵子凍結の費用を考えると破格のお値段ですね。
 今後の動向に注目したいと思います。

*凍結融解未受精卵を用いた治療成績., 2018
**Franasiak JM et al., 2014
***Sandin et al., 2016

生殖医療カウンセラー★Yuri


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