猫目石(終)

記事
小説
一応、講義には出たものの気分は虚ろだった。
琴美の心の中は葛藤の嵐が吹き荒れていた。
3000年前の時代ではアトランティスとムーの戦いが最終局面を迎えている。
戦局はムー側が非常に不利な状態。
皆殺しになるかもしれない。
あのプラズマ砲は地球をも破壊するような強力な武器だ。
それをムーの人達に浴びせると、あのトカゲ大王は言っていた。
なんとか全滅を免れているのは王子が全軍の指揮を執って戦っていたからだ。
それを敵側の陰陽師から呪いを掛けられ3000年未来の、この時代へと飛ばされてしまった。
ムー側の陰陽師たちが一所懸命に念を入れ精妙なプログラムを刻んだ猫目石を黒猫ちゃんが届けてくれた。
猫目石はタイムマシンの端末機だ。
猫目石を手に入れた今、一刻も早く3000年の過去に王子を戻らせなくてはならない。
それは良く分かっている、分かっているが琴美は大きく頭を横に振った。
出来ない。
彼と離れたくない、そんな3000年もの過去に行ってしまうなんて耐えられない。
私のすべて私の命が消えてしまうわ。
彼は私のものよ。
このままずっと一緒に居たいの。
今迄どおり彼と一緒に居たいの。
あの美しい婚約者に彼を盗られたくない。
3000年の過去の事なんて私には関係ないわ。
結論を頭の中で出したが心は猛烈な波風が立っていた。
講義終了のチャイムが鳴った。
みんなが、ぞろぞろと教室から出て行く様子をぼんやりと眺めていた。
その時、琴美の肩をポンと叩いて、やあ元気かい、と声を掛けて来た者がいた。
琴美が振り返って見ると同じ絵画クラブの瀬川君だった。
瀬川君かー。
この前の絵画品評会で金賞が取れなくて残念だったねと瀬川君が、にこやかな笑顔で言った。
そうねと琴美は応えた。
瀬川君は、やたらと私に構ってくる、私も瀬川君を嫌いではない寧ろ好感を持っている。
マニと同じような雰囲気を持っている瀬川君に嫌悪感は無い。
一緒にディズニーランドへ遊びに行こうと何度か誘われたけど、クラブでいつも話している相手と場所を変えて遊んだり話をする内容もないからと、誘いをいつも断っていた。
今日は気分が優れないから絵画クラブの部室には寄らないで帰るわねと言って教室を出た。
その後ろ姿を瀬川君は見守っていた。
大学の帰り道、河川敷堤防の土手に腰を掛けて、ぼんやりと川の流れを琴美は眺めていた。
王子様は、この時代の様子をつぶさに観察するのが好きと言って毎日、出歩いて20時頃に琴美のマンションに戻って来る。
次第に、暮れ行く空に刷毛で掃いたような雲が一筋流れている、やがて雲は濃いオレンジ色に染まって行った。
明日は晴れかなぁと琴美は呟いた。
琴美の葛藤は心の中で猛威をふるっていた。
彼に猫目石は、まだ届かないと言い続ける事は出来る。
その間はずっと一緒に彼と居る事が出来る幸せな日々よね。
しかし、3000年過去のムーの人達はどうなるの。
王は息子の帰りを一日千秋の思いで待っているわ。
こうしている間にも、あのトカゲ大王がプラズマ砲のトリガーを引くかもしれない。
私ひとりの自己的な欲望でムーの人達を見殺しにして良いの?
心はマグニチュード10くらいで揺れていた。
私、どうしたらいいの、この苦しさ堪られないこのまま死んでしまいたい。
いま、猫目石を砕いて破壊すれば永遠に彼は私の傍に居るわ。
でも、きっと猛烈な後悔と罪悪感に一生苦しめられる事になるわ。
私は、そんな十字架を背負って生きたく無い。
それは生き地獄だわと琴美は思った。
先ほど迄、河川敷で子供たちが遊んでいたがその姿は無い。
黄昏が深くなっていた。
琴美は立ち上がった。
その眼は決意を秘めているような目だった。
マンションに戻ると王子様マニは戻っていた。
琴美は言った。
猫目石が届いたわ、さっき黒猫ちゃんが届けてくれたのよ喜んで。
マニは目を輝かせて喜ぶかと思ったら目を伏せ、猫目石は要らないとポツリと言った。
何故なの?
これで貴方は3000年の過去に戻る事ができるのよ。
僕、戻りたくない。
何を言ってるの!
一刻も早く戻ってムーの人々の為に戦わなくてはならないのよ。
僕は、この時代が好きだ。
琴美が好きだ。
琴美と離れたくない。
だめ!
そんな事を言ってはダメ!
王様や婚約者は、今か今かと貴方が戻って来るのを待っているのよ。
それに陰陽師は貴方と婚約者の間には男の子が五人生まれてアトランティスの勢力を1/1000くらい迄おとすと予言されているのよ。
今にも、あのトカゲ大王はプラズマ砲をムーの人達に向けてぶっ放すかもしれないのよ。
早く戻りなさい!
猫目石を取り出した琴美は、その一条の光を王子様の瞳に当てようとした。
やめろ!
やめてくれ!
ぼくは、行きたくない、琴美の傍を離れたくない!
だめよ!
この光を見なさい!
王子様は琴美の迫力に押されたのだろう、猫目石から放つ一条の光を見た。
その瞬間、時空の渦が回転しだした。
鳴門のうずのように。
激しく回転する時空に王子様の身体が吸い込まれ回転していく。
王子様の身体が半透明になって行く、王子様は回転しながら手を琴美の方へ伸ばして言葉を叫んだが聞き取れなかった。
同時に完全に姿が消えた。
時空の回転も消えてしまった。。
いままで、ずっとテレパシーで会話をしてきたが、この時初めて音波として琴美の鼓膜をマニの声が振動させた、多分わたしの名前を叫んだのね。
行ってしまったの・・・  マニ・・・さようなら。
琴美はその場に泣き崩れた。
これで良かったのだわ。
琴美は自分に言い聞かせた。
マンションの部屋に琴美ひとりが横たわっていた。

琴美はじょじょに元気を取り戻して来たが心は暗く元気が無かった。
マンションの部屋で次回の絵画品評会に出品する為に描いていた。
キャンバスを見つめていると中心が立体的に盛り上がって来たと思ったらその中から黒猫ちゃんが現れた。
あっ、黒猫ちゃん。
黒猫ちゃんがテレパシーでイメージを送って来た。
あなたは、こんやくしゃ。
せがわくんはマニ。
エッ!なに?
意味わかんない。
3000年前の婚約者は何度も輪廻転生を繰り返して今日のあなたです。
3000年前のマニの婚約者は貴女です。
そしてマニの生まれ変わりは、瀬川君です。
それだけ言って黒猫ちゃんは消えた。
だとすると、瀬川君はマニなの?
そうなるわね。
琴美は、絵を描く道具を放り出しキャンバスを蹴散らしてマンションを飛び出して大学の方へ走り出した。
琴美は大きく叫んだ。
すれ違う人が琴美を怪訝な顔で見ていたが、委細構わず叫んだ。
瀬川くーん! 瀬川くーん!
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す