【情熱を投入する】

記事
学び

日常的スピリチュアル、安田です。
何をするにしても
情熱を投入することができれば
その投入したことが
拡大されていきます。
全てのことに
完全完璧に投入することは
できませんが
できる限りでも
投入することができれば
真空状態をつくることができ
その真空は自然に
埋まるようになります。
今までの時代は
情熱が強いと
暑苦しさを
感じさせていたので
情熱があっても
抑えてきた人が多いのです。
何となく、冷めてる
クールの方がカッコ良い
印象がありましたが
今の時代は
情熱の強さが
求められています。
なので
今まで情熱を
抑えてきた人は
今からの時代では
非常に歩みやすくなります。
元々、どんな人でも
情熱はあるのです。
情熱というのは
自然な感情なので
無い方がおかしいのです。
何をするにしても
情熱が全ての軸になり
情熱を投入していくことで
物事が成されていきます。
ある意味
馬鹿みたいに情熱を
投入していくことで
どんな歩みをしていても
投入する歩みができ
真空状態をつくることが
できるのです。
宇宙の法則の
「真空をつくれば
 自然に埋まる」
ということは
何となくでも
信じることができますが
実際に真空をつくるというのは
簡単ではありません。
投入する歩みができれば
真空をつくることができますが
投入力というのが
分かるようで
分からないのです。
どんなことにも
投入することが
できるのですが
私たちの無意識は
これは投入する
これは投入しない
と分けてしまうのです。
なぜなら
私たちの本能は
手を抜きたいし
楽をしたいし
サボりたいし
面倒に感じることは
やりたくないからです。
現実的に全てのことに
投入できないにしても
投入する意識を
持つことで
今までと同じことを
していたとしても
投入することができます。
情熱を投入していくことで
霊力を強化させることができます。
何をするにしても
魂を込めることができるのです。
日常の歩みの中で
投入する歩みができれば
自然に真空をつくることが
できるようになり
自然に埋まるようになります。
何をしていくかが
問題なのではなく
どう投入しているかなのです。
学ぶことは
インプットなのですが
投入するような感覚で
学ぶことができれば
学びながら
真空をつくることが
できるようになります。
投入力というのは
やり切る
出し切る
ということです。
学びであれば
学び切る
実行するのであれば
実行し切るということです。
情熱が強い人は
自然に投入することが
できるようになり
自然に真空を
つくることができます。
今の時代は
何をするにしても
流されてはいけないのです。
惰性的に歩んでいる人は
何をやっていても
中途半端なのです。
中途半端な歩みは
ただ疲れるだけで
何も残らないのです。
今与えられている環境の中で
投入することを意識してください。
たとえ
1円にもならないことでも
情熱を投入することができれば
その投入したことを
拡大させることができます。
これからの時代は
暑苦しいくらいが
丁度いいのです。
暑苦しさから
希望を感じることができ
可能性を感じることができるのです。
今、最も飢えているのが
希望と可能性なので
情熱を投入できる人が
求められています。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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