【自覚の境地から悟りの境地に至れる】

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日常的スピリチュアル、安田です。


悟りの境地に至るためには
自覚の境地が必要になります。

自覚というのは
ありのままの自分を
自覚することなので
苦しいことではあるのですが

自覚をしていかないことには
悟りの境地には至れないのです。

ありのままの自分を
自覚するために
瞑想の習慣が必要なのです。

瞑想を始めたばかりの時期は
雑念に悩まされるのですが
その雑念がありのままの自分なのです。

なので、悩まされるし
苦しくなるし、避けたくなるのです。

ありのままの自分と
向き合いたくないので
雑念に対しての
恐怖すら感じるようになります。

自覚をすることに対しても
恐怖を感じているので
自覚することを
反射的に避けてしまうのです。

瞑想の習慣、体質、ルーティンが
できるようになれば
自覚の境地に至ることができ
悟りの境地に至ることができます。

悟った境地というのは結果であって
その結果に至るためには
自覚の境地が必要なのです。

悟りの境地は
誰もが求めているのですが
自覚することは避けたいのです。

自覚することは
最も苦しい境地であるので
反射的に避けてしまい
自覚の境地に至れなくなります。

悟りの境地に至るには
自覚の境地は避けられないのです。

瞑想の習慣から
自覚の境地に至れるのですが
ありのままの自分を自覚するための
忍耐力が必要なのです。

雑念というのは
耐えていけば
流れていきます。

瞑想の効果というのは
耐える力が身につくことで
歩みやすくなり
努力しやすくなることなのです。

瞑想自体は
何の生産性もないのですが
瞑想を続けることで

生産的な歩み
努力ができるようになります。

瞑想をすることで
見えない境地が
勝手に変わるということではなく

私たちの歩み、努力によって
影響を与えることができ
変化をもたらすことができるのです。

歩み、努力ができているのであれば
瞑想をしなくてもいいのですが

瞑想をしていくことで
歩みやすくなり
努力しやすくなるのです。

そして、ありのままの自分と
向き合うことができるので
自覚することができ
悟ることができるのです。

悟りの境地に至れば
無意識に努力が
できるようになります。

気合、根性、意志の力に
頼る必要がないので
自然に続けることが
できるようになります。

悟りの境地に至るには
まず自覚の境地が必要であり
忍耐が必要なのです。

自覚することは
反射的に避けたくなるので
自覚できるようになる意識が
必要になります。

「自覚する」という意識を
意図的にしていくことで

自覚したくなり
自覚ができるようになり
ありのままの自分を
受け入れることができます。

瞑想の習慣、体質、ルーティンを
確立していくことで
自覚の境地に至ることができ
悟りの境地に至ることができます。

今の時代、これからの時代は
悟りの境地が求められてきます。

時代、環境が成熟することで
我知らず、本質を求めるようになり
悟りの境地を求めるようになります。

自覚の境地の先に
悟りの境地があるので

自覚ができるように
導ける教育が
求められてくるのです。

どんな努力をするにしても
忍耐力が必要なのです。

負荷をかける歩みが
努力であるので
耐えていくしかないのです。

忍耐力を育てて
強化させることで

歩み、努力の基準を
上げることができ
自覚、悟りの境地に
至ることができます。


今回も読んで頂きましてありがとうございました。

安田 悌


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