漫才コンビの人たちは普段ネタを披露する時と左右の立ち位置が違うと、「なんか気持ち悪い」と言って、ネタ披露の時と同じ立ち位置になりたがると聞きます。実はこれは、見ている側としても同じ事が言えます。
そんな訳で(?)本記事では、漫画を描き始めた初心者の人などに向けて、「実践している」と「していない」とで読者側の読みやすさが格段に変わるネームテクニック「イマジナリーライン」について紹介したいと思います。
縁の下の力持ちな技術「イマジナリーライン」
イマジナリーラインについては、私も当初は知りませんでした。知った時も「別にそんなの、どうでもいいのでは?」などと思っていました。
しかし!
これを実践すると、漫画としての見やすさがやっぱり違うのです。
イマジナリーラインは、読者が「凄い!」と感じるような分かりやすいテクニックではありません。読みやすくなる事で、むしろ読者が意識しなくなるので、出来ているほど目立たないテクニックです。
さて、そろそろ「いい加減に、そのイマジナリーラインとやらを説明してくれ!」と感じている人もいると思いますので、紹介します。
「イマジナリーライン」とは、言葉のとおり「想像上の線」を意味します。
しかし、これだけでは何の事か分かりませんね。図で見た方が分かりやすいです。
例えば、以下のようにAとBが会話しているシーンがあったとします。
これを、上から俯瞰してみると、下の図のような位置関係になります。
このAとBを線で結びます。
この線を、さらに延長して伸ばします。
この線が「イマジナリーライン」です!
イマジナリーラインが何なのか分かったとして、その線が一体何なのか?…という事ですが、漫画におけるイマジナリーラインを考えるうえで意識しなければならないのは、カメラの概念です。
3DCGをやられている人などはよく分かると思いますが、漫画のシーンを、登場人物たちが役者としてシーンを演じていると仮定し、その演技をカメラが撮影しているかのように考えます。
撮影したその映像が、漫画のコマになっていると考えてください。
↑こんな感じに。
上の例で言うと、カメラの位置は大体この辺り↓になります。
漫画におけるイマジナリーラインのテクニックとは、
カメラがこの線を跨がないように画面を作る――という事です。
ちょっとまだ意味が分かりにくいですね。
つまり、漫画のコマが連続する時に、以下のように、カメラがイマジナリーラインを踏み越えて、次のコマを作ってはいけないという事です。
空間的に言えば、こんな感じです。
AとBを結ぶ線上にアクリル板でもあるかのように考えるといいでしょう。
カメラがこのアクリル板を超えて移動してはいけないと考えればいいのです。
もし、連続するコマがイマジナリーラインを踏み越えてしまうとどうなるか、連続するコマで見てみましょう。
一目瞭然ですね!
イマジナリーラインを踏み越えてしまうと、上の例のように人物の位置関係が次のコマで左右反転してしまいます。一見どうでもいい事のように思えますが、無意識的にでも、読んでいて多少の混乱を覚えます。
そもそも、画面上のキャラクターの位置関係がコロコロ変わると、読者的には少なからず読みにくくなってしまいます。
なので、ネームを切る時には、そのシーンの間はイマジナリーラインを踏み越えないように構図を製作する事が必要になってきます。
でも、台詞の順番もあるのだから、そんな都合よく位置関係を保てるか?…と考える人もいると思います。
この点の回避方法はいろいろあります。
例えば…
①一人だけのコマを挟む
「ダメだ!Aの台詞が連続してしまう!A、B、A、Bの順番じゃないと位置関係が保てない!」
こんな時もあると思います。その場合は以下のようにしてみる手もあります。
こんな具合に、人物ソロのコマを挿入すれば、位置関係に狂いは生じません。漫画のコマ割りは、アップやロングのコマをバランスよく見せる必要があるので、時折、人物一人のコマや、アップのコマなどがあった方がいいのです。このバランスを活用すれば、うまい具合に位置関係をキープできます。
注意すべきは、もちろん人物の向きです。
上の例では、Aが左、Bが右にいるので、A一人だけのコマでもAは右向きにする必要があります。そうする事で、その先――つまり右の方にBがいる事を読者は認識できます。
②フキダシと人物をクロスさせる
「Bが左、Aは右にいる…。でも、このコマでは、どうしてもBの台詞が先になってしまう…。」
この場合は、人物位置は左右そのままで、フキダシの位置やしっぽの向きなどで、左右反対側にいる人物の台詞である事を示します。
つまり、フキダシの左右と人物の左右がクロスする事になります。
この手法は、縦長のコマだと効果的です。
この方法は横長のコマでも一応可能ですが、少し見え方としては苦しいので、横長の場合は苦肉の策といった感じで、できるだけ回避した方がいいでしょう。
ただ、イマジナリーラインを侵すよりかは、まだマシに見えます。
(セカイノフシギ/ネーム:水瀬はるき)
フキダシの位置、しっぽの向きなどを調節して、「誰がどの台詞をしゃべっているか」読者が混乱しないように注意します。
(もちろん、台詞の口調などで誰の台詞なのか分かりやすい方がいいです。)
③台詞をコマ移動させる
「Aが左、Bが右、だけどこのコマはAの台詞から始まってしまう…」
そういう時に前のコマを見て、もし前のコマに台詞を移しても違和感なさそうであれば、台詞をコマ移動させるという方法もあります。こうする事で、次のコマでBの台詞から始められるようになります。
もちろん前のコマではなく、可能そうであれば後ろの方の台詞を、次のコマに移動させるパターンもあります。
④イマジナリーラインをリセットさせる
途中、何か別の絵を挟む事で一度、読者の中でキャラクターの左右位置がリセットされます。
パターンとしては、時間を飛ばしたり、イメージ挿入などがあります。
<1>時間を飛ばす
途中、時間が経過した事を示すコマを挿入する事で場面転換と同じ効果をもたらし、読者の中でイマジナリーラインをリセットする事ができます。
時間経過のコマは風景画などが描かれる事が多いです。なるべく人物がいないコマ、いてもエキストラみたいな風景に溶け込んでいる人物くらいが望ましいです。
<2>噂話、イメージ映像、回想などを挿入する
他人から聞いた話や回想などを挟む事で、一種の場面転換に近い効果を生む事ができます。これによって、噂話・回想などが終わった後はイマジナリーラインを再度改めて構築する事になるので、この時に人物位置を変更する事ができます。
(セカイノフシギ/ネーム:水瀬はるき/背景素材:きまぐれアフター)
こんな感じで、いろいろ方法を巡らせれば、イマジナリーラインをキープする事は可能だったりします。
すでに気づいた人もいるかと思いますが、イマジナリーラインはシナリオを考える段階でもある程度コントロールする事ができます。
一気にシナリオを書いてからコマに分けていくというスタイルでももちろん良いですが、可能であれば、シナリオを書く時点で大体のコマ分けを意識しながら書いていくと、イマジナリーラインを保ちやすいので、後々の調整の負担も軽くなります。
(どのみちネームを切る段階で、台詞を移動したり、カットしたりなどの多少の調整は出てきますが、この時の負担が大幅に減ります。)
さて、ここまでは部分部分で例を紹介してきましたので、実際に全体を通して見た場合のイマジナリーラインの一例を紹介したいと思います。
実際に過去に描いたネームを一つ例として掲載しますので、コマ内の人物の左右位置を意識して見てみてください。
(※以下のネームはPixivやnoteなどにも掲載していますが、YouTube漫画動画用のネームになるため、横長の平坦なコマがずっと続く点はご容赦ください。)
(動画:YouTube セカイノフシギ/ネーム:水瀬はるき
/カラー背景:きまぐれアフター、CLIP STUDIO ASSETES)
※水瀬はチャンネルのスタッフではありません。
いかがでしたでしょうか?
同じ内容を、イマジナリーラインを侵した構図でネームを切った場合を想像して比べてみた場合、イマジナリーラインがどれだけ読者にとって読みやすいか、想像がつくと思います。
漫画を描き始めたばかりの人、ネームの描き方を一つステップアップさせたいという方は、是非「イマジナリーライン」を意識して描いてみてください!