現代版プロレタリア文学

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ajino
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1.一人ひとりのストーリーの交差点『錦三丁目』

名古屋には錦三丁目という歓楽街がある。
東京の歌舞伎町、大阪の北新地のような場所というとわかりやすいだろうか。
無数の看板が連なった長細いビル。入居する1軒1軒は席数10席前後の小規模店舗ばかりだ。
朝から夕方まではまるで廃墟のように静まり返っている。

しかし日暮れを迎えると一気に雰囲気が変わる。
キャバクラ嬢やホストと思われる男女が、続々とカジュアルな出で立ちで出勤し、街を埋め尽くす。
しばらく彼らは身なりを整え、夜が更けてくるとようやく活動する。ちょうど会社員が残業を終えたような時間帯だ。

そんな街の店舗ビルの中にある1軒の小さなラウンジに私は週に1,2回ほど通っていた。
高級クラブの雇われママを引退した60代の女性オーナー(ママ)と、50代の女性バーテンダーの2人で切り盛りするアットホームなお店だった。

流行っているとはお世辞にも言えないような客入りだが、私が通い詰めたのはこの店に出入りする人間の面白さを感じたからだ。

印象に残っているのは次のような人たちだ。
・毎日必ず22時ちょうどに来る自動車部品メーカーの社長サークル(全員時間に正確すぎるのは業界特性か)
・週末のゴルフの成果を毎日話しに来る(だから話題が週単位でしか変わらない)建設会社の社長
・近所付き合いで飲みに来る2軒隣の花屋のオーナー(錦のお花屋さん事情はすごい。儲かりすぎ。)
・キャバクラの同伴で来店し、頑張って口説こうとするお医者さん(この店じゃ無理なことに早く気付け)

私にとって、普段の生活をしていたら絶対に親しむ機会のない人たちだった。
彼らと打ち解ける過程や、混沌とし掴みようのない錦三丁目という街の生態系をリストできるこの培養地は、私の好奇心を満たしてくれた。

当時20代だった私は、店内で浮いた存在ではあったが、徐々にお店の方からも常連の方々からも親しくしてもらえるようになった。

ママやお金持ちの常連の方々に高給割烹に連れて行ってもらったり、週末にゴルフに出かけたりした。社交上の作法やビジネスの仕組み、泥臭く生き抜く経営者魂などたくさんおしえてもらうことができた。
めんどくさいと思ったことはもちろんあったが、それ以上に人情深く、味のある人間性とそれぞれ違う個性に魅力を感じたし、興味を持った。

私がラウンジに通って1年が経った頃。

平日22時。仕事が終わりラウンジに行くと、常連の1人である町工場の社長とママがわくわくした顔で話していた。

私が来店したのを見るやいなや、ママは私に言った。

「今週末、りょうに行かない?」

イマイチ何を言っているか理解できなかったことを覚えている。
「りょう?寮?どういうこと?」

ママは言い直した。
「違う。漁!社長の知り合いが船出してくれるから一緒に行こうって話しててさ。ほら、この前釣りが好きだって言ってたじゃない。」

確かに釣りが好きだとは言った。でも漁ってなんだ。
話を聞くと、愛知県蒲郡の西浦漁港沖など全国でも一部の地域でしかできないのだが『まんがん漁』という漁があるらしい。

それは私の好奇心を掻き立てた。
もう私の返事は決まっていた。

予想もしていない強敵との戦いは有料で御覧ください。甲殻類の写真がありますので嫌いな方は購入をお控えください。逆に好きな方は是非お楽しみください。
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