断捨離と占い

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占い
どうも! 年末に大掃除をしそこねたのにょです!

掃除、整理整頓……苦手です、悩みます。捨てられないのです。そんな人類、きっとのにょだけではない! と信じながら生きてます。

とはいえ。

物が増えすぎて、部屋の主が物なのかのにょなのか解らない現状、いい加減どないかせんとなぁ、と、どっこいせと腰を上げ、物の発する気配に圧されてよっこいせと腰を下ろす、もっと素早く動いたらスクワットになるのにという、愉快な動作を繰り返す日々……。

なんでそんなに物があるのかというと、多趣味が過ぎる。
ハンドクラフトはワイヤーワークに始まりビーズクロッシェ、カルトナージュ、ぬいぐるみつくり、最近エコクラフトも始めました。
そして、やたらと本を読む。
最近こそ、娯楽で読む本は電子書籍に移行していますが、頭に入れたい内容は紙媒体で読みたい、そして何気にもの書きでもあるので資料の類が捨てられない、今はもう絶対に手に入らないし、電書化もされないだろう消費税導入前の書籍とか、とてもじゃないけど手放せない……!

更にはマッサージのお免状なんかも持っているので、いつでも対応出来るようにマットやら何やらもあるわけですよ!

人生が! 足りない!

そんな資材やら資料やらの中心で絶望を叫ぶ。

いやいや。これ全部形にしようとしたら明らかにあと三回くらい人生やり直しだよね?! とか思いつつ、それでも今生でなんとかならんもんかと自分で自分を占ってみました。

はい、どーん!


『掃除をした後のビジョンだけが先走っているのではないでしょうか? 完璧にしなければいけないという、自身で課したプレッシャーが大きな枷になって一歩も動けなくなっています。

理想はいつでも何にでも対応できるようにとなっていますが、それは自分が快適でありたいという思いと裏腹になっているようです。誰かの為にというか、誰かの目を気にしすぎでもあるようです。雑誌に出てくるきれいすぎる部屋を目指すのではなく、自分が心地よく快適に過ごせる状態をもう一度考えてみると良いかも知れません。

取捨選択への葛藤がやたらに強いので、物への感情移入が激しいのかも知れません。物を捨てること=自分の価値を切り取ることのように感じてしまうと、何年も使っていないものにでも可能生を見出し、罪悪感に駆られて手離せない……というのが障害のようです。そのせいで物が多い。とにかく多い。

一言で言えば、考えすぎです。

それでも、成し遂げられると出ています。
やったったー! という喜びと満足が結果にいますので、やる気さえ出せばいけます、やれます。

捨てるものを選ぶのではなく、残すものを選ぶことを念頭に。
新しい収納用具などは不要、今、手持ちのもの、家にあるもの全てで賄えます。
まぁ、散らかった状態がものを手に取りやすいという意味で快適なのは否定しません……が、同時にものを探すことにも多くの時間を取られてしまいます。毎日手にするものの総量はそんなに多くはない筈。手元に置くもの使うもの。それらが整然としているだけでも、気分は上がります。
何を残すかの基準は使用頻度で考えると良いでしょう。
何もないのが快適な人もいれば、植物だけ置きたい、本なら山と積まれていてもストレスを感じない、快適さは人それぞれです。

ただ、視界にノイズが存在するのは頂けません。いつか読む本、いつか片付ける服、いつか修理する電子機器……掃除において『いつか』はノイズです。』

……どの、口、が……!
自分で自分を占うと、そうだよそれが正論だよ出来てりゃ世話はねーんだよ! と素の自分との殴り合いが始まるので、あまりやりたくありません。
でもまぁ確かに、理想像が遠すぎて、現状とのギャップにやる気が埋もれて出てこないのはたしか……物のない生活って憧れますよね……ミニマリストさんの本なんか読んでると人生自体がシンプルで……欲も一過性で……しかし、正直なところ、憧れはヴンダーガンマー(博物陳列室)! いやいや存在しないだろ! みたいなものを作って飾りたい、トランク開けたら妖精のミイラっぽい何かがキラキラした粉の沈殿する試験管と一緒に入ってたら面白いよね、あー怪しい部屋にしたい、鉱物標本をえるいーでぃーで下から照らして悦に入りたい、本で壁という壁を埋め尽くしたい!

と、掃除が出来ない理由と欲望が今浮き彫りになりました! やったね!
まぁどちらにしろ、所有量の管理はしないといけません……。
……占い師たるもの、もう少し生態をオブラートに包んで、ご利用いただく皆様に夢と希望を与えるべきではとも思うのですが、売りが関西人なので! そのノリで行きたいので! ミステリアスは得意な方にお任せして!

駄弁るつもりでご利用頂くのも大歓迎です!(エイギョウトーーーク)
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