蒸気で曇ったガラスの向こうに、人影が見えた。(せっかく貸し切り状態だったのに)スーパー銭湯のサウナ室に、比嘉冷射士の舌打ちが響く。案の定、ドアは開かれ、腰に橙色のタオルを巻いた男が入って来る。一瞬、表の冷気と音が入る。
比嘉冷射士は(勝負を持ちかけられたら面倒だ)と顔を伏せた。濡れて束になった前髪の先端から、股間にかけたタオルに汗が落ちる。次第に、特有のぼんやりとした気分が戻って来る。
不意に、視界の端に足が現れる。慌てて前を向くと、男が正面に立っている。こちらを見下ろしながら、無精髭の間から歯を覗かせている。
「何ですか?」
努めて冷静に尋ねる。すると男は何も答えず、自身の腰に巻かれたタオルに手をかけると、それをはためかせながら解いた。目の前で、血管の浮いた黒っぽい陰茎が揺れる。
比嘉冷射士があっけに取られていると、男は一層歯を剥き出しながら屈み、自身の陰茎を比嘉冷射士の脹ら脛につけ、そこから太股の内側までを陰茎でなぞった。
比嘉冷射士は反射的に身を捩って逃れようとしたが、腰が抜けたのか立てない。その内に男の陰茎がタオルの中に侵入し、比嘉冷射士の陰茎を押し上げながら、ゆっくりと勃起した。男の陰茎は反り上がり、比嘉冷射士の陰茎とタオルを弾いて、男の臍の辺りに当たった。
あろうことか、支えを失った後も比嘉冷射士の陰茎は垂れ下がらない。タオルが僅かに膨らんでいる。比嘉冷射士は目を背けているが、陰茎がある程度の角度と固さを保っていることは、否応なく実感している。そして意識する程、陰茎は張り詰めていく。
男が比嘉冷射士の手首を掴んで引っ張る。腰が浮き、立ち上がる。同時にタオルが解け、互いの陰茎が向かい合う。しかし、目は合わせられない。俯いた視線の先にある、男の汗で皮膚に張り付いている胸毛に跳ね返って、熱い息が顔に当たる。
「来いよ」
男に誘われるまま、比嘉冷射士は男と密着した。そして腰を上下に動かし、快感を貪るように相手のカリ首に裏筋を擦りつけた。
比嘉冷射士は嬌声を相手の胸に顔を埋めて殺した。男の汗が瞼に伝い、視界を滲ませた。その内に絶頂の予感がしたが、比嘉冷射士は相手に構わずに、相手の陰茎に塗り込むように射精した。
しばらく余韻に浸っていると、不意に尻の割れ目を何かでなぞられた。情けない声が漏れる。目を擦りながら見ると、そこには肛門に向かって尻を掻き分けている陰茎があった。いつの間にか、背後に別の男が立っていたのだ。
その男は、忘れるはずがない、数年前に比嘉冷射士を犯した男だった。比嘉冷射士は相手を突き飛ばそうとしたが、その手を掴まれた。もう一方の手も同様に自由を失った。両腕は捻り上げられ、むしろ腰を突き出す格好になった。
そして比嘉冷射士は、今度はあの時と違って酔い潰れていないのに、次同じ目に遭ったら睾丸を握り潰してやろうと決めていたのに、肛門への挿入を許してしまった。男は激しい息遣いのリズムに合わせて腰を打ち付けながら、背中に汗を落としてくる。
肛門が熱い。膜の薄い部分が焼き切れてしまいそうだ。
比嘉冷射士は声にならない悲鳴を上げながら、前にいる男に助けを求めた。しかし視線の先にいる人物は、いつの間にか叔父に変わっていた。
叔父は、背中を向けたくて堪らないのを、ぎこちなく笑顔を浮かべて、無理やり比嘉冷射士に正対していた。その態度は、比嘉冷射士と戯れるつもりで相撲を取った際に、甥が自分と密着したことで勃起しているのに気付いた時のものと同じだった。
ドアが開き、そこから母親が覗いた。母親は捜し物がサウナ室にないことが分かると、隙間から姿を消した。
比嘉冷射士は絶叫しながら目を覚ました。渇いた喉を、鋭い息が勝手に行き来している。しばらく呆然としてから、辺りを見渡す。窓に比べてサイズの大きいカーテン、充電器に繋がれたスマホ、ボールペンの挟んである大学ノート。いつもの部屋だ。しかし、まだ悪夢の内容をはっきりと覚えている。
額に張り付いている冷たい脂汗を拭いながら、パンツの中を覗く。案の定、精液が染みている。それに触れないようにパンツを脱ぐと、肛門に擦れて痛みを覚える。パンツから足を抜いて見ると、尻の部分に血がついている。
(またか……。)
比嘉冷射士は溜息を吐いた。比嘉冷射士は男に犯されてからというもの、性的な行為自体がトラウマのトリガーになっており、自慰行為ができていない。だからしょっちゅう夢精する。また、後遺症として切れ痔を患っている。
パンツをゴミ箱の中に入れる。ゴミ箱にはドン・キホーテの黄色いビニール袋が入っており、それを取って口を縛れば、ルームシェアしている同居人に中を見られることなくゴミを捨てることができる。
(排泄と同じだ。)と比嘉冷射士は自身に言い聞かせながら、パンツの入ったビニール袋を持って廊下に出て、玄関に置いてある共有のゴミ袋の奥に突っ込んだ。
しかし、その精液と血の付いたパンツは、翌日、比嘉冷射士の目の前で、同居人によって掲げられていた。
〈続く〉
読んでいただき、ありがとうございました。
あなたが干渉しない優しさに救われますように。