「好きなタイプ」という自己暗示。

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コラム
私は決して恋愛のエキスパートではないが
17歳から今日まで
お相手がいなかったという経験はない。
自分のワガママや傲慢な思いで他所に目が移り
勝手に傷ついたり悩んだりはしてた。
必死過ぎて、みじめな女に成り下がったこともあった。
当然、人も傷つけた。
クソ過ぎる、アホ女。
もちろん、今はまったくない。
だからこそ、この仕事が出来ているのだ。

リアルでも、老若男女問わず恋愛相談を受けてきたが
ココナラ活動になってから特に意識するようになったのが
「すごく好きなタイプだった」という相談者の言葉。

広く知られる「メラビアンの法則」
人に与える影響度の割合。
「視覚情報(Visual)」見た目が55%
「聴覚情報(Vocal)」声や話し方が38%
「言語情報(Verbal)」話している内容が7%

これで考えていくと「好きなタイプ」とは
過半数は「見た目」で決まるということ。
過去、私が好きになった男性の見た目の共通点を探してみた結果
・・・あまりないと判明。
芸能人で好きだった人の共通点も、さほどない。
顔立ちなんか、濃かったり薄かったりだし。
ただひとつ
「あ、この人素敵だな」と感じる人には共通点がある。
私の場合は「清潔感のある人」。
ヒゲは剃ってあって、髪型がさっぱりしていて
スーツや洋服がうるさくない(←分かります?w)方。
結局、顔じゃない。
だが、その方々を突然好きになるという事はなかった。
私が好きになった人の共通点は見た目ではなく
全員「いやらしくない強引さ」を持っていたこと。
つまり、私は押しに弱いことになる。
だとすると「押しの強い男性」が好きなタイプなのか?
いや、断じて違う。
結果的にかかわる時間が長くなり
いつの間にか気持ちが変化していっただけ。
同じことをされても
気持ちが動かない人が多々存在していたのも事実。
その違いは何だろう?

多分「私の好む扱い方をしてくれる人」を選んできたのだ。
でも、それって裏を返せば「私を大事にしてくれる人」
つまりはそれが「好きなタイプ」なのではないだろうか。
やがて月日を重ねて、それが失われてしまった時に
それぞれとお別れしてきたのだろう。
ただいい加減、諦めることも覚えた。
いつまでも甘ったれたことを言ってられないし
自分自身、それを求めないようにもなった。
だから、ちょうど良い加減で扱ってくれる人が
心地良い相手となって、穏やかに過ごせているのだと思う。


人それぞれ拘る「好きなタイプ」があるけれど
いつか、それを手にすることが難しくなる時が来る。
それは年齢だけでなく、状況や環境でも変化する。
「好きなタイプ」という自己暗示をかけ
相手の人間性まで、そこに当てはめようとする行為は
どこかで終わりにしないといけない。
理想の相手は
「自分の心の中で作り上げた幻想」
本当に出会えたという人がいたとしたら
寛大な心で全てを受け入れる覚悟を
迷いなく持っている人なんだと、私は思う。

お互いがお互いを大事に扱う。
人間関係全般に言えることだけれども
特に恋愛関係においては、とても重要。
その方法の違いに戸惑った時は素直な気持ちで話し合う。
それでも折り合いがつかない時は
自分が思う「好きなタイプ」ではなかったと認める勇気を持つこと。
それは失うのではなく
間違いを正して、お互いが幸せになるための行動を起こしただけのこと。

嫉妬や猜疑心なんて
たまーに短い期間だから刺激的であって
毎日延々と続いたら、地獄でしかない。
常に求めあって
愛情を確認し合うことを望む方が多いけれど
毎日、時間に追われる日々を過ごしながら
「顔が見たいな・声が聞きたいなのタイミングが合う確率の高い人」
だいたいこんなんでオールOKになるもの。
そうじゃない相手だったら自分が合わせる。
我慢が出来ないなら離れる。

相手は自分と同じじゃない。
何で分かってくれないの?はお互い様なのです。
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