私が好きな詩を紹介します。
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私は私のために生きる。
あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待を叶えるために、この世に生きているわけではない。
そして、あなたも私の期待を叶えるために、この世にいるわけではない。
私は私。あなたはあなた。
でも、私たちが偶然出会うなら、それは素敵なことだ。
たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。
フレデリック・パールズ
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この詩は、ゲシュタルト療法という心理療法を提唱したフレデリック・S・パールズが書いたものです。
パールズはユダヤ系ドイツ人の精神科医です。
私がゲシュタルト療法を受けていた時に、担当セラピストとがこの詩を紹介してくれました。
初めてこの詩を読んだとき、とても励まされるような、勇気をもらったような気持ちになったことを覚えています。
この詩は、自分と他人の境界が大切であることを教えてくれます。
これまで私は、母のために、周りの誰かのために、自分を犠牲にして生きてきました。
母の機嫌が悪ければ、私はその機嫌をなんとかしてなおさなければいけなかったし、母が泣いていれば、私は母が泣き止んで安心するまで寄り添わないといけなかった。
私は幼い頃から、母の母役を必死な思いでしてきました。
私は何か辛いことがあっても、いつも口癖のように、「お母さんよりは辛くないから平気」と言っていました。
でも、今ならこう思います。
私が辛かったという気持ちは、母と比べるものではない。幼い私が辛かった気持ちは、本当は誰か大人に「辛かったね」と聞いてもらう必要があった。
母と私の間には、境界がひけていなかった。
実は、そのことは、母が母の人生を生きるための、〖責任〗を奪っていたということでもあります。
私が母に献身的になればなるほど、母は私にもたれかかって、よりかかかって、何か問題があっても私が解決してくれると思う。
母が自分で問題を解決する機会を、実は私が奪っていたのです。
この詩の「あなた」という箇所を、思い当たる人に替えて、振り返ってみるとよくわかると思います。
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私は私のために生きる。
母は母のために生きる。
私は母の期待を叶えるために、この世に生きているわけではない。
そして、母も私の期待を叶えるために、この世にいるわけではない。
私は私。母は母。
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以上です^^
お付き合いありがとうございました!