未来は誰にも分からない。だからこそ、今を一生懸命生きる

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コラム
こんにちは。『徒然なる世界』の管理人リュードです。
今回の話は私の中ではかなり真面目にものを考えた方になります。

今、私はスマートフォン向けゲームアプリ
「プリンセスコネクト!Re:Dive」
というのをプレイしているのですが、

現在、そのアプリの5周年記念ストーリーイベントとして、

「リベレイト・ジ・エデン ーいつか、また会う未来でー」

というのが開催されています。

ストーリーを簡単に説明すると、
街の住民たちを
「楽園の住人にする」
と言って、過去の思い出に閉じ込めてしまおうとする
謎の勢力が現れ、

その計画を阻止するために
「ムイミ」「カヤ」「ノゾミ」
という三人の女の子たち(+主人公)が立ち向かう、
という内容です。

このストーリーの中で、
謎の勢力は次のような主張をします。

「未来には絶望しか存在しない」
「どんなに夢や理想を描いて努力しても、それを叶えられるのはほんの一握りだけ」
「ほとんどの人間は、夢を叶えられずに挫折し、人生に妥協する」
「ならば、過去の思い出にすがって生きている方がよほど幸せだ」
「故に、これは救済である」

果たして、本当にそうでしょうか?

本当に、未来には絶望しかないのでしょうか?

私はそうは思いません。

むしろ、未来には絶望しかないと思い込み、
過去の思い出にすがって生きることなど、

私に言わせれば、それは単に
「死なない」
だけの人生でしかありません。

過去の思い出にとらわれたまま、
未来へ進むことを止めた世界。

それは私に言わせれば「楽園」などではなく、
むしろ、ただの「地獄」でしかないのです。

こんなことを私が言うのもなにかな、と思いますけど、
私だって、決して望み通りの人生を歩んでいるわけではありません

幼い頃にはそれなりに将来の夢、というものを描いていましたし、
それが実現したらいいな、といつも思っていました。

しかし、今の私の人生は、
その思い描いていた将来像とは全く異なるものです。

「夢を叶えることができなかった」

という意味で考えれば、確かに私の未来は、
それなりに絶望してもいい部分もあるのだと思います。

でも、私は今の人生も、案外悪くないな、
と思っているのですよ。

以前の記事でも書いた通り、
私が初めて身銭を切ってパソコンを買い、
それがきっかけとなって創作活動を始めた時は、

まさか自分がココナラを始めとした
各種コミッションサイトで、
そのような活動をすることになるとは、

全く露ほども思っていませんでした。

ですが、今の私は現実にコミッション活動を
積極的に行い、
この一年近くで着実に実績を積み重ねてきています。

そして、今振り返って思うのは、

「未来なんて、誰にも分からない」
「故に、誰にも簡単に予測できるものではない」
「ならば、今を一生懸命生きることが、未来を掴むことになるのではないか」

ということなのです。

私が、今こうしてコミッション活動を続けていられるのは、

なにも最初からそれが目的だったから、というわけではありません

自分が夢中になれるもの
この場合で言えば創作活動になるのだと思いますが、

それをとにかく一途に続けてきた
20年以上に渡って、飽きもせずに毎日毎日書き続けてきた。
その結果として、今の自分がある

と、私は思っているのです。

「人間万事塞翁が馬」

ということわざがあるように、
人生の禍福は簡単に予測できるものではありません

あるかどうかも分からない未来を思い煩い、
それに絶望してしまうぐらいなら、

今、自分の目の前にある、
自分のすべきこと、自分がやりたいことに一生懸命取り組む

そうすることによって、
きっと、人は未来を切り開き
新しい人生を歩んでいくことができる。

私は、そう強く信じるものです。
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