「ツインレイは魂の双子ではあるし、魂の双子ではない話」~まやかしそのものがツインレイの幻想にある~ by私の7人目のツインフレームの彼女

記事
コラム
私の7人目のツインフレームの彼女が本気出したとそう言うことで。その2


さっき彼女のHPを見ていたら、この記事が出て来ました。
いつだったかHPの作りが変わって、どうやら自分のkindle本の宣伝をそこに出すのは止めてランダムに記事が出てくる仕様のようなのです。

なんか、出てきた記事がなんともタイムリーです。


ちなみに、概念的なお話は私にはよくわかりません。
私が私の7人目のツインフレームの彼女の情報を引用しているからと言って、この理論を全部理解している訳ではありません。

まぁ、彼女はこういうことがしたくてやっているのです。

で、私は何か「彼女の負けず嫌い」に火を付けたのかはよくわかりませんが、活用してあげましょう。



ツインレイは魂の双子ではあるし、魂の双子ではない話。

私はひとつの提案を記事に書こうと思い一筆認め、その後、消した。

腑に落ちないところが未だに残っていたためだ。

その内容は『ツインレイの相手は魂の双子ではない』という一説にある。この話は「ツインレイの相手が双子の相手」であることよりも、もっと信ぴょう性が高いように感じられる。

だけど『ツインレイを追い求めている』人たちにとっては、残念なお話なのかもしれない。


当初からツインレイは魂の双子と呼ばれているが、魂の原理がわからないから『ツインレイとは何か』が解明できないと書きつ続けてきたが、魂の原理がわかりつつある今、魂という概念ではなく、ツインレイは『無意識』や『霊体』と呼ばれている末那識による双子なのではないかという結論が出ている。

三位一体でいえば『神—霊—人』の三位一体のうち『霊』の部分がツインレイということだ。

私たちがこの一生により生じる煩悩や執着、欲求や過去の記憶などを払しょくすることが無ければ『霊』の領域へ達することはない。つまり、ツインレイとは「無意識領域にアクセスできる人たちが出会う」ということでもある。

しかし、私たちの中でも霊能者や「そっちの能力」を持っている人たちもツインレイと出会っている。

つまり、ツインレイのなかでも『自力で無意識を迎えに行っているツインレイ』もいれば『そもそもの素材でツインレイと出会っている』人たちもいる。結果、どのようなことになるのかはわからない。


では、私たちの『末那識』と呼ばれる無意識領域は『どのように形成されているのか』である。

今まではツインレイの魂の構造のうち、末那識がツインレイの相手と繋がる手づるということが判明したが、次なる問題は末那識とはどのような構成をしているのかなのである。

そしてその結論が今『ツインレイは双子ではない』という仮説が建ったということだ。
~中略~
ツインレイの双子の根源『末那識』とは

末那識とは、私たちのなかに存在している『心の根源』のようなものである。

ここには『自分に執着をする』として書かれている。私流の言葉にすれば「我が身可愛い」ということ。

人は自分が可愛い。自分が一番でありたい。そんな感覚を持っているのが、この『末那識』にあるが、実にこの末那識は『まやかし』にも変化する。

私たちは『自分に執着をする』けれども、自分に執着をしている自分は、本当の自分ではないということだ。ここに書かれている末那識は『まやかし』にあり、それを『摩耶(マーヤー)』という名前を持っているようだ。(私の中にいたまやちゃんである)

私たちには『本心』と『まやかしによる偽心』の2種類が存在し、このまやかしを解いていくことが目的とも言える。

最終的には、自分のまやかしを解消していくことにより、本心を見つけることができるということだ。

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ツインレイの前に起きるツインフレームの課題では、五感による自分の感覚、意識による自分の感覚を取り戻していく経緯にある。このふたつを克服すると、基本的に頭のなかで「他人を悪にしたてあげて攻撃し続ける」とか「悪意ある思考」、「自分本位に自己防衛をする思考」などが止まるようになる。(
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さて、この『まやかし』だが。このまやかしそのものがツインレイの幻想にある。
~中略~
ツインレイの「まやかし」の役割

ほとんどの人が『まやかし』に惑わされている。

末那識がまやかしに変化していると、意識や前五識も影響を受ける。ゆえに『五感がおかしくなる』し『思考もおかしくなる』わけである。

ツインレイの期間に多くの人がツインレイの相手を意識し続け、なぜかよくわからんけどいたるところにツインレイの相手がいるように錯覚をするようなことが起きたりして、ツインレイの相手ではない相手でさえもツインレイな気がするような錯覚が生まれる。

そして、前五識でも「感じる」ようになる。そこにツインレイの相手がいるような感覚がするのである。

これが『ツインレイの幻想』にあり、ツインレイの学習にもある。


ツインレイのまやかしの役割は『私たちにとある幻想を見せて、学習をさせる』ということ。

前述にしている通り、私たちは『個』であり、ツインレイの相手など存在しない。魂がふたつとして生まれたのではなく、私たちは『完全』にある。しかし、その完全たる意識は阿頼耶識に存在し、阿頼耶識の情報を引き出すためにはまやかしが必要なのである。

私たちは意識伝達を阿頼耶識⇒末那識⇒意識⇒前五識の順番に行っている。

このうちの末那識をまやかしに変えることで、阿頼耶識のなかに存在するデータを意識や前五識に伝達させることができる。

じゃあ、これで『阿頼耶識に存在するツインレイの存在を思い出すのか』というと違う。

阿頼耶識にはツインレイのデータは存在しない。存在しているのは『ツインレイというまやかし』にある。このまやかしが『意識』『前五識』に伝達されることにより『阿頼耶識の仕組みが組み変わる』ことができる。

つまり、私たちは『ツインレイの経験を積んだ』だけであり、『私たちがツインレイ』というわけではない。

私たちはツインレイの経験を積んだ存在だから『ツインレイ』ではあるけれど、私たち自身がツインレイということにはならないのである。

なぜならば、私たちのなかに入り込むまやかしが『ツインレイの意識』なのであり、私たちのなかにツインレイのまやかしが入り込まなければ、私たちは『ツインレイ』という存在そのものを自覚しない。

自覚しないと言うことは、私たちのなかに存在する『異性性』を理解することもなければ、認識することも出来ないすれ違い続ける男女ということになる。


まやかしの役割は『ツインレイという概念』を私たちへ学習させ、そのなかでツインレイの相手という存在を『ツインレイ』に仕立て上げ、男女の意識を自らのなかに共存させていくことである。そして、その経験を与える存在が「マヤ」である。

仏教用語では『マーヤー』とし、神の創造物にある。また、私自身が「高御産巣日神から魂が生まれる瞬間」をも感じているが、これこそが『ツインレイのマヤが生まれたとき』であり、私のなかにも、その意識が芽生え(経験したから)、ツインレイのマヤによる学習をした結果として、多くの恩恵をいただけることになる。

―以下略―
~中略~
無意識にしか存在しないツインレイ

私たちはマナという無意識を『意識』にもっていく(自分の心をすべて把握する)ことで、マヤが現れる構造をとっている。

このときはじめて『地上でツインレイと出会う』わけであるが、それは『マヤのツインレイ』であり、私たちのツインレイではない。

しかし、地上でツインレイの経験をすることで『ツインレイ』へとなっていくわけである。

マナとは『経験によりツインレイを手に入れていく』が、マヤは『ツインレイをそもそも持っている』のである。

心とは経験により積み重なっていくが、マヤはそもそも知っているともいえる。


この世のマナの視点では『ツインレイは存在しない』のである。ツインレイとは経験である——と。

しかし、マヤの霊的世界の視点では『ツインレイは存在する』のである。だって別々に生きわかれたあの子がいるから。
~中略~
ツインレイが近親相姦にならないように苦肉の策で結ばれようとする図

マヤにとって生きわかれたあの子は『人の姿』をしている。マヤとマナは双子にあった。

もっとちゃんと説明を書きたいが、今はもうこれが精いっぱいの説明かもしれない。

自分の視点をどこにおくのかによってかなり解釈がかわってくる。とはいえど、この構造は『子である私たち』が、お互いの霊を相手に召喚し、霊と子の関係性(ツインレイ)を親子による構成をとるようになる。

相手が誰であったとしても、私たちを霊は常に周囲から見守っているのである。しかし、私たちに憑依することはないのだと思われる。

私たちのマナ(心)のなかにマヤ(ツインレイという幻想)が統合されることにより、ツインレイの相手の幻想と自分が統合をするということだ。

この構造により、ツインレイの相手の望みを叶え続けることができる自分の心が出来上がる。

交換しているんだ、これにより私たちは自分の意識のなかで『近親相姦』をさけることができるから。で、その相手は、実は「誰でも構わない」っていうこと。それが『霊』による交渉により成立しているとして考えている。
霊による『結ばれる』とは、近親相姦にある。

魂が『霊』と『子』に分かれる経緯で、私たちは霊と子が双子なのである。で、ここが同じ魂のなかにはいることは許されていない、これが近親相姦にあたること。ツインレイたちが離別を選ぶ理由にある。(いっしょにいたらダメな理由)

だから、別の個体による霊とひとつの魂のなかで交配を選ぶ。

で、ここの図が大事なやつです。
でも、そのままスクショでもってくるのはなんか負けた気がする: (っ`ω´c):ムムムムムゥと思ったのでペイントで真似して作りました。
それが本人的にどうなのかは知りません。

20240209-01.jpg
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ツインレイは、当初、自分の双子の相手と結ばれる(近親相姦)によってひとつの魂のなかに納まるとしていたが、それは許されないことだし、やったらいけない。だからツインレイは結ばれない。

だけど、相手が持つ意識と統合することは、結ばれたいと思う相手を全力で諦めることにある。これがひとつのツインレイのハードルでもあって、恋焦がれまくる相手を全力で諦め抜く必要性があり、自分を説得し続ける必要性もある。

諦めたとき、相手の意識を魂のなかに取り込むことになる。相手の意識を取り込み、このふたりが結ばれたならば、肉体を隔てることにはなるが「いっしょにはいられる」。

ツインレイの再会は、ツインレイが持つ『最悪の状態を受け入れる』ことであり、『その中でも打開策を見つけた結果』ということ。


…(*'-'*)ンー…。

こう言うのは、専門家の分野です。
ちょっと専門分野の話にはついて行けない私がいます。

ちなみに全文を持ってきていません。
彼女の渾身のなっがい文章を端折っています。

だからもう、本人の記事読んだ方が早いやつ……。


これが彼女の言う、
「ツインレイは魂の双子ではあるし、魂の双子ではない話」らしいです。

読み返してもちょっと……。

(* ̄- ̄)ふ~ん...。みたいな。←

まぁ、私は話を知らなくても貴方を信じてやっていける女です。

こう言う概念や理論の話は彼女の得意分野です。

私の7人目のツインフレームの彼女は、本人も認める賢い女なのです。



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