※(32) 過去に掲載したものを、改正して再投稿。【短編集より】
[本文]
夏の終りに思い出す。
だいぶ昔の話だ・・・
ある立食パーティーに、仕事の関係で出席した。
堅苦しい挨拶をいくつか こなしながら水割りをなめていた。
ビールをグイグイという気分でもなく・・・
食欲をそそられる料理も特にはなかった。
退屈なパーティーを何とか二時間やり過ごして、近くのビルの最上階にあるバーに向かった。
飲み足りなかったのである。
バーは賑わっていた。
テーブルは、ほとんど埋まっており、カウンターでバーテンを相手に、ウィスキーを呑んだ。私の2つ右隣で、彼女はカクテルを呑んでいた・・・。
私が一杯目を呑み終え二杯目を頼もうとした時、彼女もバーテンに合図を送った。
私たちは目が合い、私は「どうぞ」と手のひらを返した。
バーテンは軽く会釈をして彼女の方へ移動した。
彼女は私に微笑んだ。
私はその笑顔を受け、二杯目を頼んだ。
それから私たちの、とりとめのない会話が始まった。
スレンダーな彼女は三十路も後半、栗色の髪をかきあげる仕草が、どことなく淋しげに思えた。
どういう会話の流れだったのか憶えてはいないが、私の手相を彼女が見てくれる事になった。
細くて長い指が私の手をつかんだ。
真珠色の綺麗な爪をしていて、香水の香りが心地よかった。
彼女の鑑定が始まった。
私の人生は、健康には恵まれるらしい。しかし、大金には縁のない生涯になるそうだ。
そして・・・
女運には恵まれている。
ん?
どう恵まれているんだ?
と聞いたら、
彼女は悪戯っぽく、含み笑いをしたまま答えなかった。
ただ
五十を過ぎたら・・・
そこで彼女はなぜか口をつぐんだ。
そして、
私は典型的な次男坊だという。
私は苦笑しながら、頼りなく見えるかもしれないが、
これでも長男だよ。と言うと、
彼女はポカンとした表情で私を見つめた。
そして訴えるように呟(つぶ)やいた。
「うそぉ。だってお兄さんがいるじゃない」
縋(すが)るような瞳が、妙に悲しげだった。
私はロックグラスを三杯空けて、バーを後にした。
彼女は待ち人のために、もうしばらく時間をつくると言っていた。
もともと私は手相など全く興味もなかったし、御神籤(おみくじ)だの、占いだの信じたこともない。
が、
あの時の彼女の悲しくすがるような瞳が、ずっと気になっていた。
後日、
母親に訊いてみた。
私に兄がいるかどうか。
母親は平然として言った、
あなたが産まれる三年前に
男の子を産んだが死産だった・・・と。
今でもバーに行くと、真珠色の綺麗な爪をした女を探してしまう。
五十を過ぎたら私の女運が、どう変わるのか教えてほしいから・・・。
[ 完 ]
※この物語はフィクションです