またあの言葉が浮かぶ
階段の前で、陽菜が立ち止まる。「やば、着替え遅れる。」陽菜は笑う。「先行くね!」返事を待たずに、軽く手を振る。「またあとでー。」そう言って、駆けていく。階段を下りる足音が、すぐに遠くなる。廊下に残るのは、凪と、悠真。急に静かになる。窓からの光が、床に落ちている。凪は、視線を落とす。さっきまで三人だった空気が、急に、狭くなる。悠真が言う。「凪。」その声は、さっきより少し低い。凪は顔を上げる。「……なに?」悠真は少し迷う。言うか、言わないか。そんな顔。それから、少しだけ笑う。「今日、元気ない?」凪の胸が、強く鳴る。気づいてほしくない。でも。気づいてほしかった。「そんなことないよ。」凪は言う。でも、声が、ほんの少しだけ揺れる。悠真は、そのまま凪を見る。真っ直ぐ。「凪ってさ。」言葉が止まる。凪は、少しだけ息を止める。「……なんでもない。」悠真は、そう言って笑う。その笑い方は、少しだけ、寂しそうだった。凪の胸の奥で、またあの言葉が浮かぶ。どう考えても。でも。もし。ほんの少しだけでも――違ったら。階段の向こうから、体育の笛の音が聞こえる。凪は、ゆっくり歩き出す。悠真も、隣を歩く。さっきまで半歩あった距離が、今は、ほんの少しだけ近くなっていた。
0