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「理解する」を理解する

 こんにちは、効率オタクです。 私のエリアでは小学校(義務教育)の各教科でペアワークが基本スタイルとして導入さています。義務教育なので全国共通化されている(推奨であったかもしれません)と思いますが、学びの中で「2人1組になって質問と回答を繰り返す」という取り組みです。 私はこれを非常に良い取り組みだと感じています。「理解するってどういうことなのか」を自然と学べるからです。 私たちの時代は、先生の話を聞いて終わり。理解度はテストで測られるだけでした。でも本当に理解している人は、どんな鋭い質問が来てもきちんと答えられますし、逆に質問者が何か勘違いしていないかにも気づけるんですよね。 この「質問し合う」というやり方は、教育において費やす時間は増します。でも、教育の時間自体が増えたわけではないので、恐らく何か他の時間を削って取り入れているということになるでしょう。 つまり、それだけの価値があると判断されているのだと思います。 義務教育においても「理解する」という意味がアップデートされた裏付けでもあるのかなと思ってます。今回はこの「理解する」ということを少し掘り下げてみたいと思います。「言われて分かる」って言いますが、「言われなくても分かる」とでは大きな差があります。仕事でもそうですが、前提が共有されている状態で動いている中で、「言われて分かる」だけの人は、肝心な前提がすっぽり抜けてしまっていることがあります。 作業現場でも同様のことが言えます。「言われて分かる」人と「言われなくても分かる」人では、業務の質に大きな差が出ます。それは、背景や意味まで含めて理解しているかの違いによるものであ
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【人に教えることができて一人前①】

 こんにちは、効率オタクです。 「自分ができて半人前、人に教えることができて一人前」という言葉について書いてみたいと思います。 この言葉、非常に奥が深いなと感じています。 若い頃は「半人前って50%ってこと?さすがにそれはないだろう」と思っていました。ですが今では、この表現はかなり的確だと感じるようになっています。 もちろん工程や作業によって差はありますが、難易度が高かったり、技能を要するものほど「自分ができるようになった=習熟度50%」くらいじゃないかと思います。 裏を返せば、「自分ができる」にとどまっているうちは、習熟を100とした時の50までしか到達していないということであり、50を目指しているに過ぎない。 私の感覚はこれくらいです。つまり「人に教える」という視点を意識すれば伸びしろがもう50あるという事です。 教えることを前提に仕事に向き合ってみると、それだけで、自分の中にまだまだ伸ばせる部分があることに気づけるのではないかと思います。 この言葉にはまだまだ語りたいことがたくさんあります。このくらいの長さで一つずつ丁寧に書き留めていこうかなと考えています。
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