小説サンプル 眠れない夜のメアリ・シアー

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小説
 いろいろな花が咲き乱れる春のこと、メアリ・シアーは看護学校を卒業した。
 これから看護師として活躍する。そんな未来ある若者だというのに、メアリは普通ではありえない選択をした。
 それは、昔からある、らい病患者のための療養所への勤務を自ら志願したことにある。
 らい病は遺伝性のものだと考えられている。そのため、家から一人でもらい病の者が出ると、その家全ての人が村八分にされてしまうのだ。
 らい病に罹ると手足が腐り落ち、顔は溶けて形を変えるなどと言われている。
 メアリはまだ二十一歳だ。そんな若者が行くようなところではない。
「メアリ。メアリ・シアー。こちらへ」
「はい。何でしょうか。先生」
 メアリは家へ帰ろうとしたところを看護学校のクラス担任に引き留められた。
「マリーア療養所に行くとのことですが、他の病院ではダメなのですか?」
「と、言いますと」
「一般の病院でもあなたならやっていけるはずです。何故、わざわざ危険な橋を渡ろうとするのです」
 メアリは少し悩んで口元に手を添えた。そしてゆっくりと唇を開く。
「だって、可笑しな話じゃないですか。遺伝ならば、もっと患者数が増えていても可笑しくないですし、感染症と説を唱える医師もいますわ。それに看護師は患者さんを差別してはならない。そうでしょう? 私は、ただ歴史を見たいだけ。いつかは闇に溶けていく、そんな病の行く先を見てみたいんです」
「……あなたのクラスの担任をしていて思いましたが、やはりあなたのことを私は理解出来そうにありません。一生を、マリーア療養所で過ごすと心に決めているのなら、私からは何も言いません。ごきげんよう」
「ええ。先生。ごきげんよう」
 メアリは幼い頃から変わり者だった。
 人と接することをあまり必要としない、それこそ手のかからない子供だった。ただ、生死についてを小学校に通う頃には考え始めていた。それは次第に人と異なることとはどういうことか、また、それを取り除くにはどうするべきなのかというところに注目し、歴史を読み漁るようになった。
 その中で、らい病というものを知るようになる。
 看護学校に入ってからも、らい病への興味は止まらない。
 学校にあるらい病に関する書物を読み、独自で調べ、それでももっと知りたいと思うようになり、看護学校卒業後は、らい病患者を隔離するために作られたマリーア療養所に行くことにしたのだ。
 そうだと思って、メアリは看護学校の教室に入る。置き忘れていたらい病に関することをまとめたレポートを机に入れたまま忘れていた。
 教室に入ると、メアリと同じ卒業生が何人かが涙を浮かべ抱き合っていた。
「あら、お邪魔だったかしら」
 メアリがそう尋ねると、その娘達は「いえ、いいの。ごめんなさいね。つい、感情的になっちゃって」と言った。
「忘れ物を取りに来ただけだから、私のことは気にしなくても良いわよ」
 メアリは自分の席でがたりと椅子を引いて、机の中にあるレポートを取り出した。
 ひそり。その時声が聞こえた。
「冷血女メアリでよかった。他の娘だったら噂を広められて、街中を歩けなくなるところだったわ」
 冷血女は失敬なと思ったが、メアリはすぐに興味がなくなり教室を出た。
 厳しい看護学校で同性愛者が出るのはよくあることだ。それだけ苦楽を共にしたのだから。
 メアリは同性愛に対する異端視というものにも興味があった。しかし、自分は同性愛者なんてものじゃなくて、そもそも他人に興味を持てない人間であるから、知らなくてもいいだろうと思って調べはしなかった。
 しかし歴史は気になる。いつか調べよう。そう胸に秘めた。
 でも、そこにいた、名前も知らないクラスメイトはどうでもいい。
 こうして、メアリ・シアーは看護学校を出た。
 もう、二度とその看護学校に来ることはない。そう思いながら。
 メアリは次に実家へ向かった。
 看護学校に入学してから一人暮らしをしていたし、その間実家に帰るなんてしたことがなかったから久しぶりの帰省になる。
 丘を下りて路面電車に乗り、実家を目指す。
 ふと周りを見ると、らい病と思わしき人がいた。
 乗客は皆その人のことを無視し、空間に穴があるんじゃないかというくらい、そこだけ人がいなかった。
 メアリはその人の隣に座る。
「……やめなされ、お嬢さん」
 その人は小さく囁いた。
「あら、お婆さん。大丈夫よ。こんな短時間で、そう簡単に感染しないわ」
「他人の目もあるだろうに」
「いいの。私は私がやりたいようにやるわ。ねえ、お婆さんはマリーア療養所の人?」
「……」
 老婆は答えなかった。石のように固く口を閉ざしてしまったのだ。
 そして路面電車は止まった。
「そこのお二人さん。降りてください。らい病だなんて、恐ろしい」
 運転士がそう言った。
「まあ。なんてこと。乗客に乗車拒否をするの? 差別をするの? 愚かだわ」
「愚かでもなんでもいい。そんな恐ろしい病に、誰も感染したくはないんだよ」
 乗客は皆口々に「醜い姿になるなんて嫌よ」「これで何かあったら責任取ってくれるのか」などと言っていた。
「私は降りるよ。何。もうすぐ降りるところだったんだ。少し歩くくらい、何ともないさ。ありがとうよ。お嬢さん」
「私も付き添うわ。それで文句ないでしょう」
 メアリはその老婆と共に路面電車を降りた。
 そしてマリーア療養所に行くまで、二人は一言も話さなかった。
 マリーア療養所に着くと、老婆は裏門から施設に入っていく。
 メアリは表門に行き、ついでだから挨拶をしておこうと施設内に入るとメアリよりも幼い顔立ちの女性看護師が受付にいた。
「ごきげんよう」
 メアリがそう言うと、看護師はにこにこ微笑んで「はい。こんにちは。今日は入院患者さんへのお見舞いですか?」と聞くものだから、メアリは首を横に振った。
「いえ、違うんです。私、来月からこちらでお世話になるからご挨拶をと思って」
「あ、じゃあ、患者さんですね! でしたら、裏門から入っていただかないと」
「そうじゃなくて、看護師としてなんです」
「え! それなら、私の後輩ってことですね。私はエミリー・スミスです。どうします? 施設見学なさいます?」
 ありがたい申し出だ。受けよう。そう思った時、メアリは頭に帰省という文字が浮かんだ。
「私はメアリ・シアーです。ごめんなさい。この後、予定があるから、次は出勤日に来ます。今日はたまたま来ただけですから」
「わかりました! では、またお会いしましょうね」
「ええ。ごきげんよう」
 メアリの先輩になるエミリーは門の外まで見送ってくれた。
 それからメアリは歩いて実家まで帰ると、既に日が暮れ始めていた。
 呼び鈴を鳴らすと中からメアリの母が出てきた。
「あら、メアリ! 遅かったじゃない。お母さん、心配しちゃった」
「お母さん、久しぶり。ちょっとトラブルがあって、こんな時間になっちゃった」
「そう。まあ、いいわ。入りなさい。あなたー、メアリが帰ってきたわよ」
 リビングに入るとメアリの父親がソファーでゆったりとくつろいでいた。
「おう。メアリか」
「久しぶり。お父さん。二人共変わってなくて、安心した」
「夕食の支度を丁度終えたところだったの。タイミング良いわね。さ、座って座って」
 メアリの母はキッチンから手料理をリビングのテーブルに並べた。
「あら、こんなに……。私、大食漢じゃないのよ」
「残ったら明日食べればいいじゃない。ね、あなた」
「うん。そうだな」
「さ、食べましょう」
 久しぶりに食べた母の味に、メアリはほっとした。
「ところでメアリ、あなた就職先はどこなの?」
「マリーア療養所」
 ガチャン! と大きな音を立てて、メアリの母が持っていたフォークが皿の上に落ちた。
「なんでよりにもよって、らい病の施設なんかに……!」
「そうだ。わざわざそんなところに行く必要はない。今すぐ電話して辞めなさい」
「母さんも、父さんも、なんでそんなにらい病を怖がるの? らい病患者も人なのよ?」
「それはあなたが、らい病になったら嫌だからよ。らい病はね、手足がなくなるの。鼻の骨が溶けるの。顔が崩れるのよ。そんな風に、なっちゃうのよ」
「母さん、それは偏見だわ。それは相当進行した状態よ。今に薬だって出来るわよ。これだけ医学も化学も進んでいるんだもの」
「メアリ、お父さん達はな、お前が差別されるのが嫌なんだ。らい病患者に関わったら感染する。それが世の中の常識なんだ」
「おかしいわ。そんなの。だったらどうして世の中に、らい病の身内がいるのに健康な人がたくさんいるの?」
「……」
 二人は口を閉じてしまった。
「安心してよ。らい病患者の隔離が必要なくなるまで、帰らないから。ごちそうさま」
 メアリはそう言って、自室に入った。
 ベッドで横になり、眼を閉じると睡魔がやってきた。
 そのまま、メアリは翌朝までぐっすりと眠った。
 メアリは翌朝、両親に何も言わずメモに「帰ります。メアリ」とだけ書いて、それをテーブルに置いて家を出た。
 しばらくは、家に帰れそうにない。
 いや、ひょっとしたら、一生……。
 それも仕方がないとメアリは思った。
 世の中にはどうしようもないこともあるのだ。
 メアリは路面電車に乗る。
 そして、マリーア療養所前で降りて、療養所の目の前にあるアパートの一室に入った。
 ここが、今日からのメアリの城だ。
 このアパートには療養所の関係者しか入れない。
 だから格安なのだ。
 メアリは部屋をぐるりと見渡す。
 狭い。でも、一人暮らしならこれで十分だ。
 こうして、メアリの新生活は始まった。


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