私の親子関係のあゆみ〜母と私の今〜

記事
コラム
「私の親子関係のあゆみ」最終回です。

最後は

・その後の親子関係
・総括

について書きます。

親に気持ちをぶちまけた時の心境

両親に再会した際に言ったことは、至極シンプル。

病気がちで仕事ばかりだった父には

「悩みをもっと聞いて欲しかった。とても寂しかった」

父と祖父母の板挟みと、私たち子供をワンオペで育ててくれた母には

「私を思い通りにしようとするところが嫌だった。ほめてくれないのが寂しかった」

心からの本音。

それまで散々意地をはってた。

自分のどうしようもないところなんて絶対に見せたくないと思ってたけど・・・

まぁ、涙は出るわ鼻水は出るわ、ぐちゃぐちゃになりましたね笑

魂からの本音っていうのかな・・・

そういう自分の深い深いところにあることをまっすぐ伝える時って、そうなるもんなんですね。

親のことを恨む気持ちをぶつけるのではなく、「このわだかまりを、終わらせる」みたいな感じだった。そこまで昇華できてる段階で言えたのが、とても良かった。

しばし沈黙した後、うつむき「そうやな、ごめん・・・」という答えでした。

「とりあえず謝っとこ」みたいなやつではなく、腹の底から出た声に聞こえた。何より、納得した。

お互いに、胸の真ん中に刺さる言葉を投げかけ合ったのかも知れません。

家族関係の変化が人間関係全体に及んだ

こうして自分の偽りない、素っ裸の気持ちを言った時「どう思われようが、いい」と捨身でした。

逆ギレされようが「あんたは頭おかしいんか!」と泣かれようがええわ。
自分のために言おう!このつらいの終わりにしよう!と思ってぶつかりました。

「親は親であの時は大変だったから」
「親は歳だから、病気だから」

そういう気持ちもいったんは捨てた。

すると実家に帰れるようになった後、他の人間関係にも同じようにできるようになった。

相手のことをコントロールしない。
どういう反応するかは相手が決めること。

徐々に周りくどい言い方などではない、嘘偽りない気持ちを素直に伝えるようになりました。

必要以上にどう思われるかを気にすることもなくなってきました。

私たち親子の現在


両親を再会した後、お互いのペースを尊重できるようになっていきました。

彼らは、私に対する後悔から解放され、自分たちの生活を楽しくすることにフォーカスが移っていってるように見えます。

父とはもともと割とつかず離れずのスタンスなのですが・・・
私の場合は特に母との関係が鍵です。

母は、私のことに「口出しや手出しはもうしない」と言います。

「そばにいると、あんたの道を潰してしまうだろうから、一緒に暮らすのもやめよう」と。

適度な距離感を保ち、お互いに干渉しないようにしています。

また、母も「神様からメッセージを受け取る」ことをやっていたので・・・・私のやっていることを理解し、時々ヒントをくれます。

この母でなければ、借りられない力です。

共依存は「愛しすぎているから」起こるのかも知れない


私たち母娘は、結論から言うと「愛しすぎてうまくいかない二人」です。

母のことを「愛してる」「大好きなんだ」なんて、絶対認めたくなかった。
腹が立って腹が立って仕方がなかった。

でも私も・・・たぶんこれを読んでいる「親とうまくいかない」あなたも・・・

愛してるから、大好きだからこそ怒るのではないでしょうか。

「何で世間の常識じゃなくて、私自身を見てくれないんだ!」
「何であの時かばってくれなかったんだ!!」

とどのつまりは寂しいから怒ってる。

「自分が愛されなかった」という怒りは、とても根深い。
そう簡単に昇華できるものじゃないといつも思う。

それから、今振り返ってみると・・・

私にとって親の過干渉は単に「子供が親の干渉に困らされている」というだけではなかった。

自分も親に干渉されることで、愛を確かめようとしていたなと。文字通り、共依存でした。

私の場合は、こういった状況を自分の心と向き合うことで変えてきました。

しかし、家族の数だけ関係の形もそれぞれ。

「心の傷」の程度も、人生の課題も幸せのなり方も、みんな違っていて「絶対」はないと思っています。

「私の親子関係のあゆみ」長い内容でしたが、読んでいただきありがとうございました。


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