「人の役に立ちたい」の裏側

記事
コラム
こんにちは、ネクラなのに陽子です。

みなさんは「人の役に立ちたい」と思いますか。
それは人が生まれながらに持っている魂の願いです。

しかし、時にその「人の役に立ちたい」の裏には、無意識に「他人によく思われることで自信を持ちたい」という下心が隠されています。

要するに本当に相手のためになることをするのではなく、自分の中にある「埋まらない何か」を埋めるために「ただ単に自分がやりたいこと」をやっているだけ…ということがある。

今回は、そのことに関して私の経験と教訓を書きます。

私の「人の役に立ちたい」という思いをめぐる経験と教訓

私は子供の頃から劣等感が強く、人目がとても気になる依存体質。

数十年間抱えてきたものは簡単には変わりませんが…ここ数年、自分と向き合って分かったことを書いたり話したりしています。

お悩み相談をするにあたって、やり始めて間もなかった頃は特に「認められたい」という気持ちから「何か役に立つことを言わないと」と思い過ぎの立ち入り過ぎの言い過ぎ…ということがよくありました。

今思うとそれは完全なるエゴ。

エゴが出てくると「今目の前にいる人に対して、自分ができることをするだけ」という姿勢がどこかに行ってしまいます。

私がお悩みを聞く際に使う、チャネリング。

最も重要なのはトランス状態です。
要するに「無」に近い精神状態。

「相談者のヒントになることが今ひとつ見えない」「何かを見出さねば」と意図的に何かしらを見ようと焦りだすと、トランス状態から抜けてしまいます。

その上、エネルギー的に適切な距離を保ち、問題を客観的に俯瞰する心の目が濁ってくる。

だから下心のある「人の役に立とう」は、私にとっては一番邪魔なものです。

だけど、自分の心のクセがすぐに「役に立つことをしないと」をもたげてくる。厄介です(苦笑)

「人の役に立つ」は結果論であり目的ではない

私は「人の役に立つ」は単なる結果にすぎず、目的にしないことが大切だと思います。

大切なのは「相手の困りごとが解決すること」。
それも誰かの助けを借りたとしても、ご本人の力でできるのがベスト。

人間的な成長を邪魔してはいけないからです。

あなたがやろうとしていることには、「他人によく思われることで自信を持ちたい」という下心が隠されてはいないか考えてみましょう。

もしそうだとすると…

あなた自身の「満たされない何か」をみていくことにあなたの大切な時間を使うべきです。

あなたの愛はまず、あなたの外側の世界ではなく、内側…つまりあなた自身に向けてくださいね。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す