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◉連続小説ドラマ
欲に満ちた世界
作者 北条むつき
朗読 いかおぼろ
第11話 業務開始とお誘い
午前9時を回り営業の神崎さんと別れ、セキュリティドアを抜けて営業部であろう男性たちが私を見ながら営業電話をしている横をすり抜ける。パーテーションに区切られた丸椅子が並ぶ少し変形型の一列のテーブルが置かれた場所で見崎《みざき》部長が「みんな少し業務を止めて!」と促す。すぐに部署の一列が部長と私を見る。
「本日から、私たちの仲間となる伊月《いつき》さんです。では、簡単に自己紹介!」
「本日からお世話になります!伊月美玲《いつきみれい》と申します。よろしくお願いいたします」
「おねがしまーす!」
ほとんどが女性スタッフ。男性は2名の総勢8名の明るい声がこだました。早速、見崎《みざき》部長の指示で、一番手前の席に着くと、隣の女性に軽く挨拶をされた。
「よろしくね? 私、富沢秀美《とみさわひでみ》。仕事でわからない事あったらいつでも聞いてね?」
「あっありがとうございます」
私よりたぶん若いであろう女性スタッフがにこやかに笑う。するとその二つ隣のロングヘアーの女性が近づいてきた。
「伊月さん? ちょっと業務の説明があるから、別室に来てくださる?」
「はい! お願いいたします!」
挨拶もつかの間、いきなり別室にロングヘアーの女性、たぶん歳は私より5、6個ぐらい上、30歳31歳ぐらいだろうか?どこか影があるような、切れ長の目にメガネをかけて知的な感じの印象を受けた。その女性は、斜め前を歩くが足取りはかなり重たそうにも思えた。
「伊月さんは今までデザインのご経験もあるという事なので、私どもの商品内容の説明だけにさせていただきますね? よろしくて?」
「あっお願いします」
「まぁまぁ、そんなに緊張なさらずに、商品全部をすぐに理解して欲しいなんて思ってませんので……」
通路奥の隔離された部屋に通されるパーテーションで区切られていて、ドリンカーの横を通り過ぎて扉が見えた。その扉には憩いの場と書かれた張り紙。
扉を開けると中は小さな3畳ぐらいで、テーブルと椅子だけの何もない空間だった。席にかけるように促されてようやくそのロングヘアーの女性が、腰掛けながら手に持っていた太めの冊子をテーブルにドサッと少々荒い置き方をして名前と少し挨拶をする。
「朝井です。部署主任を務めさせていただいております。業務の方向性は私から出しますので、よろしくて?」
「はい! お願いします」
「では、早速始めます」
端的な少々荒い感じで冊子のページを捲る。最初に受けた知的な印象とは少し違う感じがした。
「まず、商品についての概要はこちらに載っています。あとで目を通しておいてください。それと最初に申し上げておきますが、チラシやパンフレットの作成に於いて、基本出されたものは、当日中のラフ案作成になりますので、あしからずに」
目が点になった。
「私はディレクターも兼務しております。まずはこのチラシを作成したいと思っております。A3サイズ両面になります。2時間でこの冊子の内容を理解して、昼から作成に取り掛かってください。まずこのマークについて……」
次々と投げかけられる内容に驚きを隠せないまま、ずっとメモを取る。当社限定や開発商品、レンタル商品、福祉用品などのマーク説明から入り、備考欄に入れる内容、そしてチラシのキャッチコピーはこちらの文章から流用するなど、淡々とみっちり1時間説明を受けた。ただ説明に頷き、メモを必死に取る事だけで精一杯だった。説明中に朝井主任の会社の携帯電話が鳴り呼び出されたようだった。
「しばらく席外すので、この冊子を見ていてください。概要は20ページぐらいまでにほとんど書いていますから」
その言葉を残し、朝井主任は部屋から出て行った。200ページはあろう冊子を必死にめくり、20ページまでの概要を一つ一つ読む。ジャパンリビングの商品概要と売り出しの注意事項。それを伴うキャッチコピーの特徴などを一つ一つ理解して、メモを取る。しかし全ページ把握できるわけがなく、部屋にチャイムが鳴り出した。ふと腕時計を見るとお昼12時を迎えていた。
コンコンッと扉がノックされた。そこに現れたのは、挨拶もそこそこに席に着いた時に話しかけられた女の子、富沢《とみさわ》さんが少々びっくりした様子で声をかける。
「あぁ! 頑張ってますねぇ! そんな根を詰めなくてもいいですよ? もうお昼だから、一緒に行きましょう? それともお弁当?」
「あっ、いえ、持ってきてないです!」
「じゃあ、ついて来て! みんないるから……」
富沢さんについて行く。エレベーターに乗り、下階へ。扉が開くと香ばしい香りがエレベーターエントランスに立ち込めていた。
短い通路を抜けるとそこはビルのフロアぶち抜きの広い食堂が広がっていた。
さすがは大手の会社。こんなビルの中にレストランっぽく洗練された食堂があるとは思いも寄らずにいると、富沢さんが言ってくる。
「A・Bのランチの他にカレーや蕎麦などいろんなものが揃ってるわ。どれがいいか迷うわよ?」
「えっ? お支払いはどうなるんですか?」
「社員証で食べれるから、給与から天引きね? それが嫌なら、クレジットを前購入もできるからどうする?」
「へえ……、じゃあ今日は前払いします」
そう言うと、富沢さんは、クレジット購入カード前に連れて行ってくれた。1000円単位でカードが購入できるようになっている。余ったお金は退職時に返金されると聞くと私はカードを購入し、富沢さんと同じくBランチの列に並んだ。
私はBランチのミニ洋食ランチにした。ミニハンバーグにパスタとサラダが乗ったランチだ。お昼から豪勢にハンバーグが食べれると思ったら少し、仕事の大変さが抜けた。
富沢さんの後から席に着いた。するとそこには部署の他メンバーも数名おり、改めて挨拶することになった。
男性スタッフの山江さんが軽く会釈すると、私の仕事の心配してくる。すると富沢さんが、「いきなり朝井主任の別室指導だもん。疲れるよね?」 などと愚痴っぽく聞いてくる。
「いえいえ……。そんなことは……。でも初めてで緊張はしてます」
と答えると、「大丈夫。ゆっくり慣れていけばいいし、気にしないで」と山江さんが笑顔で返してくる。屈託なく笑う山江さんの笑顔は癒し系の男性っぽくて何故か少しホッとした。
「それはそうと、伊月さん、今日の夜、空いてる?」
唐突に男性スタッフの山江さんに聞かれて私は唖然とした。
「えっ……?」
少し戸惑った様子で応えようとした私に、富沢さんが山江さんに向けて言う。
「山江さん、唐突にそんなこと言ったら、困るでしょ。あははは。もう山江さんったら……」
まるで社内ナンパという感じではないが、そうも聞こえそうな勢いの山江さんの言い方に、私は躊躇した。
「ほぉーらぁ〜! 山江さんのせい!」
と、富沢さんが山江さんに促すと、山江さんは「ごめん、ごめん、そんなつもりじゃなくて、伊月さん、君の歓迎会を軽くだけど部署内でしようと思うんだ」
「そうそう、どう? 今日の夜、空いてる?」
山江さんも富沢さんや他のメンバーも、うんうんと首を縦に振り私に聞いてくる昼食ランチタイムだった。
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