歴史の中に幾らでも"原作"が見つかる中華世界。2025年1月29日、春節入りと同時に公開されたアニメ映画《哪吒2(なた2/nǎ zhā2)》が、同年2月6日の時点で興行収入60億元(約1200億円)を突破したようだ。この作品も中華世界が積み重ねて来た歴史の中にある題材を非常にうまく刷新している。私はまだ本編を観ていないのだが、知人の話ではかなりよく出来ていてお勧めらしい。《ライオン少年(獅子少年)》もそうだが、温故知新のスタイルで創り上げる中国のアニメ映画は非常に興味深い。
《哪吒2》とある通り、これは第2部となる。シリーズ第1作目《哪吒之魔童降世(ナタ~魔童降臨~)》で、そちらは2019年7月26日に公開された。今作の正式名称は《哪吒之魔童闹海(ナタ・魔童の海騒動)》で、原作は中国明代の傑作古典《封神演義》。手違いでこの世に生まれてしまって、次々と騒動を巻き起こす「乱世の魔童」として哪吒を描きながら、「生まれながらの魔でありながらも、運命に抗い続ける」という奇幻の物語が展開されている。
あらゆる所に哪吒あり。一枚目は1986年のドラマ『西遊記』で孫悟空と戦闘を繰り広げる哪吒。二枚目は1996年から2000年に掛けて大人気作となった藤崎竜による漫画『封神演義』の哪吒(百度百科から引用)。三枚目はアクションRPGゲーム『黒神話:悟空』に登場する哪吒。四枚目が今回のアニメ映画の哪吒のキャラクター造形。今回の哪吒は憎たらしく軽率でありながらも、芯が熱く義に厚い童子として描かれている。
哪吒は古典から現代娯楽を問わず、中華ファンタジーで絶大な人気を誇るひとりの人物だ。もともとは「那羅鸠婆(梵語: Nalakuvara)」と呼ばれる神明の存在が原型であると言われている。仏教の晚唐から宋代に掛けて変容していき、道術と武術を使いこなす三頭六臂(3つの頭に6つの腕)の存在となった。そこから更に紆余曲折を経て、物語の中で"キャラ"が研ぎ澄まされていき、現在の「クールなアンチヒーロー」のような存在となった。
この動画では、ファンが『哪吒2』で再現されている中華文化の細部を分析している。物語展開の勢いと合わせて、本作は歴史考証がふんだんに盛り込まれているという点でもかなり評価が高いようだ。動画の大まかな分析の内容は次の通りである。
①映画のオープニングにおける美術的な細部の分析
映画のオープニングにおける青銅器の詳細、特に古代の調理器具のデザインに言及。これらの要素が映画の中で無作為に組み合わされているのではなく、入念に考察された文化の表現であることを指摘している。
②李靖と陰夫人のための甲冑デザイン
李靖(托塔天王)と陰夫人の甲冑デザインについて詳細に分析し、特に青銅の鼎の模様の使用と甲板の重なり方の正確な表現について述べ、これは唐代の甲冑デザインを正確に再現したものであると指摘している。
③太乙真人の蓮台デザイン
太乙真人の蓮台のデザインについて分析し、そのインスピレーションが清朝の順治帝と康熙帝の時代の仏教彫刻に由来していること、特に故宮博物院の関連する資料に触れている。
ちょうど康熙帝を主人公とした2000年製作の中国大河ドラマ《康熙王朝》を鑑賞している関係で、このあたりの時代背景がよく分かる。康熙帝の父親、順治帝は謎めいた崩御(逝去)をしたと記録されている人物。このドラマでは「順治帝が寵愛していた妃を失って仏教に傾倒し、崩御を装って密かに出家して仏僧となった」として描かれている。日本の平安時代で、花山天皇が出家して大騒動になった出来事が思い出される。
④敖広(ごうこう)と武器の設計
東海の龍王である敖広のスタイルについて分析を行い、特に彼の大刀のデザインに注目。そのデザインは商朝の銅刀と宋明の官刀の要素を取り入れており、非常に高い歴史的な考証価値を持っていると指摘した。
⑤建築とシーンデザイン
映画の玉虚宮の建築デザインを分析し、特に山西晋祠の独特なデザイン要素を参考にしていることを指摘した。これらの細部の精緻な造形は、制作チームが歴史的な建築に対して行った深い研究を示している。
前作《ナタ~魔童降臨~》は日本語のDVD化やNetflix関連のオンデマンドサービスがなされていないらしく、日本語としての視聴は今の所できない。百度検索で「哪吒之魔童降世」と入力すれば中国語での視聴は可能。アニメ映画なので台詞が分からなくても何となく展開は分かると思われる。今作の《哪吒2》は日本での映画公開も予定されているようなので、そちらは映画館などで鑑賞できるかもしれない。