"女性性"と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?
例えば
ふんわりしていて、温かくて、包み込むような柔らかさ etc・・・
そして、その「女性性を使う」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか?
例えば
何もしていなくても、ちやほやされて、受け取り上手で、引き寄せ上手でとか。
女性性に憧れている方なら「わたしももっと女性性を使って、お金も彼も美も手にしたい」と思うかもしれません。
(これをA子ちゃんとしておきます。)
反対に
ただニコニコしているだけで人の気を引いたり、泣くことで誰かを動かしたり。そんなあざとさを「女性性を使う」という言葉から感じ取る方は、
「無能で、自尊心がなく、わたしはそうはなりたくない」と嫌悪感を感じるかもしれません。
(これをB子ちゃんとしておきます。)
この2つ。A子ちゃんとB子ちゃん。
A子ちゃんは、B子ちゃんのことを、オス化した怖い女性と見ているし、
B子ちゃんは、A子ちゃんのことを、幼稚で人として未熟と見ている。
同じコミュニティにいるこの2人。お互い何かと鼻につく存在として、内心反発し合っちゃう。
一見真逆に見えるこの2人だけど、反発するということは、同じレベルに存在しているということ。
ベクトルが違うだけで、女性性の状態としては、実はどちらも同じ。
そう、2人とも女性性が未熟な状態ともいえます。
女性性のエネルギーがどういうものか、まだ知らないのです。
じゃあ、成熟した女性性っていったい何?
成熟した女性性をあえて言葉で表現するとこんな感じ。
「"わたし"というアイデンティティが、今、周りの状況を何一つ変えなくても
ただ、存在するという体感覚の中に、満ち足りている。」
「その"わたし"が、今、目の前にある世界を、心地良い体感覚と共に愛でている。」
そこには、圧倒的な知性と、能動的な態度があるのです。
この成熟した女性性から、A子ちゃんとB子ちゃんを見てみると、
よーーく見えます、その状態が。
どちらも、自分の中心、コアの部分と繋がれていないのです。
A子ちゃんは、からっぽの自分のコアを、外側のもので埋めようとしている状態。
B子ちゃんは、カチコチに固まったコアを無視して、自分の力で外側を作り上げようとしている状態。
そう。ベクトルは違うけど同じ状態といったのは、
「自分のコアが何か分かっていなくて、意識が外に向き、外側で&外側をどうにかしようとしている」状態だから。
外側をどうにかしようとしても、何も変えられない。
「自分のコア」に触れる経験を積み重ねて、それが何かを経験を通して知ること。
そこから世界と関わること。
内⇒外
このパワフルさを身をもって知っていくこと。
真の女性性を使うとは、
「圧倒的コアまで辿り着いた女性性が、その立ち位置から世界を見たときに、自ずと慈愛が溢れ出す。」
その自立した自分軸があって、無条件に溢れているときに、
むしろそこに触れたくて、お金や彼や仕事や美や人や豊かさや、全てものが向こうから集まってくる。
そんな真の強さと美しさを纏っているのです。