望まないものから自分を守る、ということ。『主体性』の話。

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コラム
こんにちは。風花です。


皆さんは、ついこんな事をやっていませんか?


「スマホでSNSやニュースサイトを意味もなくみてしまう」
「ダラダラとテレビや動画を意味もなくみてしまう」
「職場の同僚や友人知人に言われた事、
見聞きしたことで気分が落ち込んでしまう」


一日の中でその時間を合計すると何時間になりますか?




過去の私は、そういう事に対してかなりの自分の時間を浪費していました。


出勤中の電車の中でネットサーフィン
帰宅したら寝るまで適当な番組を観る
仕事中もプライベートもお構いなしに常に誰かの事で悩んでいる


そんな過去の自分に対して
「その行動がどれだけ自分の為になったか?」と聞かれると
「特に何も…?」と返さざるを得ません。


 もしかしたら自分の中で様々な知識が蓄積して
何かのタイミングに役立っているのかもしれませんが、
これらの行動が明確に自分の人生を良くしたか?と言われると疑問です。




ミヒャエル・エンデの有名な長編小説の『モモ』をご存知でしょうか。
廃墟となった円形劇場に住みついた、粗末な身なりをした少女モモ。
街の人々は相談をし、モモの面倒を見ることになります。モモに話を聞いてもらうと硬くなった心が柔らかくなり悩みが消えていく……。

不思議な力を持つモモは、街の人にとってかけがえのない存在になっていくのでした。
ところがある日、街に「灰色の男たち」が現れます。
「時間を貯蓄銀行に貯めると命が倍になる」と言う彼らのせいで、町の人々から「時間」が奪われてしまい――。

「時間」がテーマのお話。
本書の副題は「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。小さな女の子であるモモが、灰色の男たちに奪われた時間を取り戻そうと奮闘します。

この作品は『時間』がテーマのお話です。


自立した大人であれば
自分の時間をどう使うかをある程度自分で決めることができますよね。


しかし、現代人の多くは仕事や家庭、約束事等『しなければならない』ことに自分の時間を使い、その対価として生きていくための『お金』や『信頼』を手に入れなければなりません。


そうやって『自分の時間をお金に換える』だけの生活をしていると
自分の時間について考える余地がどんどん減っていきます。


例えば1日、9時から18時まで働かなくてはならない、となれば
その間の時間は『自分のもの』ではなく『会社のもの』になります。
(休憩時間とか、一部の時間を除いて)

人と会えばその時間はその人との関係性を構築するために使う事になります。

そうやって誰かのために時間を使えば使うほど
自分の時間が減っていくのですが
そのことを当然と思い危機感を覚えない人も多いように思います。


それが自分で望んだことなら良いんです。
家族が居て、そのために自分の時間を使うとか。
納得して心からやりたいことであれば全く問題ありません。

でも、もし本当は行きたくないなぁとか
疲れるんだよなぁとか、ストレスを感じる事だとしたら。

それは『本当はやりたくない事』である可能性が高く
ストレスや悩みの原因になる場合が多いです。


お金の為だから仕方がないとか
付き合いだから仕方ないとか

当然、事情は様々あると思います。


今の我慢の先に、自分が望むものがあるのかもしれません。


けれど、続けていても先が見えないとか
目的意識が見いだせないとか
無駄だな、とどこかで感じているのであれば
手放す・辞めるべきだと私は思います。


ストレスを溜めて、悩み事が増えた結果、
自分が幸せになれる気がしないからです。




『考える』ことがとても重要だと以前ブログの記事にも書きました。
それと似た意味で『主体性を持つ』ことも重要に思います。


自分がより良い生活を送るために
何が必要で、何が不必要でしょうか。


日々、悩みに囚われて鬱々としないためにはどう生きたらいいのでしょうか。
自分の心に正直に向き合って、じっくりと考えてみることをおすすめします。


自分にとって「必要なもの」と「不必要なもの」を明確にして
そのルールに従って生活することは『自分を守ること』でもあります。


例えば、
毎日流れてくる悲惨なニュースやゴシップをみて
イライラしたり嫌な気持ちになるなら
自分からその情報を積極的に取りにいかなければいいのです。

芸能人のスキャンダルとか自分に関係のない人の話を見聞きして
あーだーこーだ議論するのは果たして有意義でしょうか。
そんな話ばかりする人と仲良くなりたいでしょうか。

私はそうは思わなかったので、そういう人に話を合わせるために
ゴシップ情報を収集するのを辞めました。


それが正しいとか間違っているとかじゃなく
それが私の価値観だから、です。


その替わりに言われるかもしれません。
「あなた世間の話題を何も知らないのね」とか「遅れてるのね」とか。
でも、そんな世間、一体どこにあるんでしょうか?

それはその人の考える『世間』や『価値観』でしかないのです。
迎合する必要は全くありません。


大事なのは『自分がどう思うか』『自分は何がしたいか』だけです。
世間の風潮とか、周りの人の意見ではありません。



若い頃は、気づきませんでしたが
人生は長いようで短いのです。

(短いようで割と長い、という側面もありますが)


そういう、「世間の風潮」とか、「周りの目」という
自分以外の人の『価値観』に振り回されて生きていたら
あっという間に人生は終わってしまいます。




人は大人になると食べ物はある程度自分で選ぶことが出来ますよね。
好きなもの、栄養価の高いもの、その時の気分に合ったもの…


取り入れる情報や関わる人、仕事も同じです。

自分を取り巻くすべてのものは『自分が選んだもの』の結果なのです。




「原因自分論」という考え方があります。
原因自分論とは、問題が起こったときに、すべての原因は自分にあるという考え方です。たとえば、人とケンカをした場合は「悪いのは自分だ」、うまくいかなかった場合は「原因は自分にある」と考えます

起こる事の全ての原因は自分にある、と思う事で
主体的に問題を解決していく…という考え方ですね。


人の考え方や行動を変えるのはとても難しいけれど
自分のことであれば自分で変えることは出来ますよね。


だからこそ、人に求めるのではなく
自分の問題として解決していくことの方が簡単なのです。


例えば「職場の〇〇さんとソリが合わなくて…」と悩んでいたとして
〇〇さんに「あなたの性格のこれこれこういう所が嫌なので直してくださいね」とお願いする事って難しいですよね。(笑)
話し合いで解決しないことも多々あります。
けれど、

自分自身が「気にしない」とか「部署を移動する」とか「職場を辞める」とか。とにかく不快に思うものから退く。離れる。という
自分が主体的に変わる手段であればすぐにでも実践できますよね。
そういう方法を取る方が悩み事は早く解消できるのです。


だからこそ、重要なのは『自分は何が好き・嫌い』なのか
『どうなりたい・なりたくない』のかを
明確に、即座に決められる判断力なのです。




自分の悩みは自分で解決することが早道です。

そんなこと出来たら苦労しないよ、と思われるかもしれませんが
『考え方と行動次第でどうにでもなるのがこの世の中』
だと私は思っています。


『自分で考える力』と『行動する力』。


それを持っているだけで
人生はもっと楽になるし、楽しくなる。


そんな考え方を持ちながら人と接していくことで
誰かのお悩みに寄り添い、解決する方向に導いていけたらと思っています。



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